
神別
安倍氏は、摂津・山城を拠点とした神別の氏族。大彦命の後裔と伝わり、安倍晴明を輩出した陰陽道家系として知られる氏族。
安倍氏は、孝元天皇の皇子 大彦命の後裔と伝えられる古代氏族。『新撰姓氏録』左京皇別下では阿倍朝臣として皇別に分類されるが、傍流の系譜には神別の系統も併存する。大和・摂津を中心に展開し、後に陸奥安倍氏や安倍晴明を祖とする安倍宿祢家など複数の系統に分かれた。
『古事記』孝元天皇段は、孝元天皇の皇子 大毘古命(おおびこのみこと、大彦命)を阿倍臣・膳臣・阿閇臣・狭狭城山君など多くの氏族の祖と記す。大彦命は『日本書紀』崇神十年条で四道将軍の一人として北陸道に派遣され、各地を平定した将軍神格として伝わる。同祖系譜には膳臣・阿閇臣など多数の氏族が連なり、古代の有力豪族群を成した。陸奥安倍氏は奥州において安倍頼時・貞任の系譜を称し、自家の祖伝承を大彦命に接続した。
安倍倉梯麻呂(?–649)は孝徳朝に左大臣を務め、大化改新政府の中核を担った。奈良時代の安倍仲麻呂(698–770)は遣唐留学生として渡唐し、玄宗朝の宮廷に仕えて帰国を果たせぬまま唐土で没した。平安期の安倍晴明(921–1005)は陰陽寮の天文博士として朱雀・村上朝以降の朝廷に仕え、陰陽道の正統を確立して土御門家・倉橋家として中世以降に続いた。陸奥の安倍頼時・貞任父子は前九年の役(1051–1062)で源頼義・義家と戦って敗死した。
晴明神社(京都市上京区晴明町)は寛弘四年(1007 年)に一条天皇が安倍晴明の旧邸跡に創建したと伝え、晴明を祭神として祀る。大阪の阿倍王子神社(大阪市阿倍野区阿倍野元町)は熊野街道沿いの王子社で、阿倍野の地名とともに安倍氏の本拠地伝承を継ぐ。陸奥安倍氏の本拠 厨川柵跡(盛岡市天昌寺町付近)にも、貞任を祀る祠が残る。
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・安倍氏族条
一次文献藤原緒嗣 他(弘仁6年勅撰)
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・安倍氏族条に基づく安倍氏の代表的な典拠整理。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2543361Wikipedia「安倍氏」
二次資料Wikipedia「安倍氏」を参照した安倍氏の系譜・地域的受容の補助確認。
https://ja.wikipedia.org/wiki/安倍氏