赤松氏の分類ビジュアル

氏族

赤松氏

公開検証済みあかまつし出自: 播磨国

播磨を本拠とした武家。室町幕府四職の一として幕政に参画した。

概要

赤松氏は鎌倉末期から安土桃山期にかけて播磨を本拠とした武家氏族で、室町幕府では京極・一色・山名と並ぶ四職家の一として幕政に参画した。本拠の播磨守護所として白旗城・感状山城・置塩城を構え、これら遺跡群は平成八年(1996 年)以降「赤松氏城跡」として国指定史跡となっている。

祖神

出自として『尊卑分脈』『寛政重脩諸家譜』が村上源氏堀川大納言定房の孫・源師季を始祖とする系譜を伝えるが、季房から則景まで七代の系譜は名和氏と同じく信憑性に賛否があると Wikipedia「赤松氏」記事も明記する。本記述では『尊卑分脈』所載の系譜を伝承として参照しつつ、村上源氏を称する家として扱う。

主な人物・史的動向

赤松円心(1277-1350 年)は元弘・建武の乱で幕府に反して挙兵し、播磨国守護職を獲得した。子の赤松則祐(1311-1371 年)は守護領を強固に整え、孫の赤松満祐は嘉吉元年(1441 年)六月二十四日に自邸で将軍足利義教を暗殺(嘉吉の乱)、播磨に帰国して幕府軍との戦闘の末に滅亡した。応仁の乱後には赤松政則が宗家を再興し、文明元年(1469 年)に播磨守護就任にあわせて播磨最大の山城・置塩城を築いたと姫路市公式が伝える。

関連神社・氏神信仰

本拠地播磨では赤松氏ゆかりの山城跡群が国指定史跡として保全され、白旗城跡・感状山城跡・置塩城跡が「赤松氏城跡」を構成する。氏神を巡る信仰は播磨西部・但馬南部の在地神社にも残り、円心らを顕彰する近世墓所も上郡町や姫路市内に伝わる。

出典

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