
神別
出雲国造は、出雲を拠点とした神別の氏族。大国主神の系譜を引くとされる国造で、出雲大社の祭祀を世襲してきた神官家系。
出雲国造(いずものくにのみやつこ)は、出雲国(現在の島根県東部)の祭祀・統治を世襲した神別の国造家。一般氏族と国造制の境界に立つ系譜だが、出雲大社(杵築大社)の祭主家として古代から現代まで連続する点で、氏族と同等の連続性を持つ。律令制下では出雲国造の称号は神祇祭祀職として残り、火継神事(ひつぎしんじ)など独自の即位儀礼を継承した。
出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかむよごと、『延喜式』巻八)は、出雲国造の祖を天穂日命(あめのほひのみこと)と明記する。天穂日命は『古事記』上巻 天孫降臨段に先立つ国譲り段で、天照大神から葦原中国の偵察に遣わされた天津神。『新撰姓氏録』右京神別上にも出雲臣を天穂日命の後裔と記す。同祖系譜には武蔵国造・土師氏(はじし)が連なり、土師氏分流の菅原氏とも遠祖を共有する。
霊亀二年(716 年)以降、出雲国造は新任時に上京して出雲国造神賀詞を朝廷に奏上する儀礼が制度化された。中世に千家(せんげ)・北島(きたじま)の両家に分立し、それぞれ出雲大社の祭祀を分掌する形で続いた。明治期に千家尊福(せんげたかとみ、1845–1918)が出雲大社教(教派神道)を組織し、東京府知事・司法大臣を歴任した。現代でも両家は出雲大社祭祀の中核を担い、第 84 代千家国麿が天皇家との縁戚関係を結んだ。
出雲大社(島根県出雲市大社町杵築東)は大国主大神を主祭神とし、出雲国造家が祭祀を世襲する。本殿は延享元年(1744 年)造営の大社造で、国宝に指定される。神魂神社(島根県松江市大庭町)は出雲国造の斎場として伝わり、火継神事の舞台。出雲国一宮の格は出雲大社と熊野大社(島根県松江市八雲町)で分け持たれ、熊野大社では新嘗祭の鑽火祭が国造家によって執行される。
古事記(和銅5年)— 国造本紀系資料・出雲氏族系譜
一次文献太安万侶(和銅5年)
古事記(和銅5年)— 国造本紀系資料・出雲氏族系譜に基づく出雲国造の代表的な典拠整理。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1920952Wikipedia「出雲国造」
二次資料Wikipedia「出雲国造」を参照した出雲国造の系譜・地域的受容の補助確認。
https://ja.wikipedia.org/wiki/出雲国造