
神別
賀茂氏は、山城を拠点とした神別の氏族。賀茂建角身命を祖と伝え、上賀茂・下鴨神社を代々奉斎してきた神官氏族。
賀茂氏は、山城国愛宕郡(現京都市北区・左京区)を本拠とし、賀茂別雷神社(上賀茂神社)・賀茂御祖神社(下鴨神社)の祭祀を世襲した古代の神別氏族。「賀茂」「鴨」「加茂」と表記が並存する。大和国葛城郡の鴨氏(高鴨神社の奉斎氏族)と同祖系譜にあり、出雲・大和・山城を結ぶ古代祭祀圏の中核を成す。
『新撰姓氏録』山城国神別は、賀茂県主を神魂命(かみむすひのみこと)の子孫 鴨建角身命(かもたけつぬみのみこと)の後裔と記す。鴨建角身命は『山城国風土記』逸文に、神武東征の際に八咫烏(やたがらす)となって熊野から大和への道案内を務めた神格として記され、後に山城国岡田賀茂を経て葛野鴨川に至り、賀茂の地に鎮座したとされる。建角身命の女 玉依日売が丹塗矢に化した神(火雷神)と結ばれて産んだのが上賀茂神社祭神 賀茂別雷命であり、賀茂氏の祖神伝承は親子三代の物語として完結する。
賀茂県主は古代から賀茂両社の祭祀職を世襲し、平安遷都(794 年)以降は皇城鎮護の社として朝廷祭祀の中核に位置づけられた。賀茂祭(葵祭)は『日本書紀』欽明朝にすでに賀茂神の祭が記され、平安期には勅祭として整備された。平安中期の賀茂忠行・保憲は陰陽道の暦・天文を担い、賀茂忠行の弟子が安倍晴明である。賀茂家は中世以降、賀茂県主家(両社の社家)と賀茂朝臣家(暦道家)に分かれて続いた。
賀茂別雷神社(上賀茂神社、京都市北区上賀茂本山)は賀茂別雷大神を、賀茂御祖神社(下鴨神社、京都市左京区下鴨泉川町)は鴨建角身命と玉依媛命を祀る。両社で賀茂氏祖神三代を奉斎する祭祀圏を形成し、平安期から伊勢神宮に次ぐ社格を保つ。葵祭(賀茂祭)は両社の例祭として継続される。大和国の高鴨神社(奈良県御所市鴨神)は同祖系譜の鴨氏が奉斎する古社で、賀茂氏祭祀圏の祖型とされる。
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・賀茂氏族条
一次文献藤原緒嗣 他(弘仁6年勅撰)
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・賀茂氏族条に基づく賀茂氏の代表的な典拠整理。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2543361Wikipedia「賀茂氏」
二次資料Wikipedia「賀茂氏」を参照した賀茂氏の系譜・地域的受容の補助確認。
https://ja.wikipedia.org/wiki/賀茂氏