
神別
紀氏は、紀伊を拠点とした神別の氏族。五十猛命を祖と伝え、紀伊国を本拠とした古代の有力神別氏族。
紀氏は、紀伊国(現在の和歌山県および三重県南部)を本拠とした古代の有力氏族。「紀」の氏名は本拠地名に由来し、紀伊半島の海運・木材・祭祀を掌握した。神別の紀直(きのあたい)系と、武内宿禰後裔の紀朝臣(紀臣)系の二系統があり、奈良時代以降に紀朝臣系が中央政界で活躍した。
『新撰姓氏録』紀伊国神別は、紀直を神皇産霊神の五世孫 天道根命(あめのみちねのみこと)の後裔と記す。一方の紀朝臣は、孝元天皇の孫 武内宿禰の子 紀角宿禰(きのつぬのすくね)を祖とし、皇別系として『古事記』孝元天皇段に系譜が記される。神話的祖神としては『古事記』『日本書紀』神代記に登場する五十猛命(いたけるのみこと、素戔嗚尊の御子神)も紀伊国の神として崇敬され、紀氏の祭祀圏と結びつけて語られる。
紀小弓(きのおゆみ、?–465)は雄略朝の将軍として新羅遠征に従事し、現地で病没したと『日本書紀』雄略九年条に記される。奈良時代の紀古佐美(733–797)は征東大使として桓武朝の蝦夷征討に従事し、紀広純・紀飯麻呂らとともに対蝦夷戦の中核を担った。平安期には紀貫之(872 頃–945 頃)が『古今和歌集』撰者として歌道を確立し、『土佐日記』の作者として国文学史に名を残す。
日前神宮・國懸神宮(ひのくまじんぐう・くにかかすじんぐう、和歌山市秋月)は紀伊国一宮で、日像鏡・日矛鏡を御神体として日前大神・國懸大神を祀る。紀直の祖 天道根命を初代神主とすると伝え、紀氏の氏神社として宮司家を世襲した。伊太祁曽神社(和歌山市伊太祈曽)は五十猛命を祀り、紀伊国の祭祀圏を形成する。
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・紀氏族条
一次文献藤原緒嗣 他(弘仁6年勅撰)
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・紀氏族条に基づく紀氏の代表的な典拠整理。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2543361Wikipedia「紀氏」
二次資料Wikipedia「紀氏」を参照した紀氏の系譜・地域的受容の補助確認。
https://ja.wikipedia.org/wiki/紀氏