菊池氏の分類ビジュアル

氏族

菊池氏

公開検証済みきくちし出自: 肥後国

肥後国菊池郡を本拠とした武家。南北朝期に南朝方として九州で活動したことで知られる。

概要

菊池氏は平安後期から戦国期にかけて肥後国菊池郡を本拠とした武家氏族で、十一世紀末ごろから菊池川流域に勢力を張り、南北朝期には南朝方として九州一帯で活動した。初代則隆から十五代武光までの約二百八十年間の本拠地は、令和六年(2024 年)に「菊池氏遺跡」として国指定史跡となっている。

祖神

出自について藤原道隆の子・隆家の後裔である藤原則隆が肥後国に下向して菊池郡に土着したという伝承と、大宰府官人藤原政則の子・則隆とする説が併存し、Wikipedia「菊池氏」も両論を併記する。後者の説は近代以降の研究で有力視される。本記述では『尊卑分脈』『寛政重脩諸家譜』所載の系譜と現代の太宰府官人説を両論併記する立場を採り、起源確定は留保する。

主な人物・史的動向

南北朝期に十二代当主・菊池武時(1292-1333 年)は後醍醐天皇の綸旨に応じ、一族約二百名と元弘三年(1333 年)三月十三日に博多で挙兵して鎮西探題を攻撃し戦死した。十五代当主・菊池武光は征西大将軍懐良親王を奉じて筑後川の戦い(正平十四年、1359 年)に勝利し、正平十六年(1361 年)に大宰府を制圧して征西府の最盛期を牽引した。本拠地の北宮館跡・菊之池B遺跡・北宮阿蘇神社からなる「菊池氏遺跡」は、肥後国最有力武士から守護への発展過程を示す遺跡群として令和六年二月二十一日に国指定史跡となった。

関連神社・氏神信仰

旧菊池城本丸跡には菊池神社が鎮座し、明治三年(1870 年)に明治天皇の命によって創建されて武時・武重・武光を主祭神とすると国学院大学神社博物館事典が記す。明治十一年(1878 年)に別格官幣社に列せられ、大正九年(1920 年)には併設の歴史館が開設された。

出典

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