黒田氏の分類ビジュアル

氏族

黒田氏

公開検証済みくろだし出自: 播磨国・筑前国

播磨に発し近世に筑前福岡藩主家となった武家。家譜は貝原益軒が『黒田家譜』に編纂した。

概要

黒田氏は戦国期から近代にかけて活動した武家氏族で、播磨国姫路に出自し、織豊期に黒田孝高(官兵衛・如水)と黒田長政父子が大名に立身した。江戸期には筑前福岡藩主家として五十二万石余を世襲し、家譜は三代藩主光之の命により貝原益軒が編纂した『黒田家譜』に纏められた。

祖神

出自について黒田氏は宇多源氏佐々木氏庶流を称するが、Wikipedia「黒田孝高」記事も「宇多源氏を称していたが定かではない」と明記し、福岡市博物館は「目薬売りで財をなしたとの説、近江源氏佐々木氏の一族とする説など諸説あり」「江戸中期以降に近江源氏の一族と認識された」と紹介する。本記述では家伝として宇多源氏佐々木氏庶流を称する家として扱い、起源確定は留保する。

主な人物・史的動向

黒田孝高(1546-1604 年)は播磨国姫路に生まれ、織豊期に羽柴秀吉の軍師として中国攻め・九州征伐に従軍した。子の黒田長政(1568-1623 年)は慶長五年(1600 年)関ヶ原合戦で東軍の一番功労者として徳川家康に評価され、筑前国名島五十二万三千余石を与えられ福岡藩を立藩した。家譜編纂は寛文十一年(1671 年)に三代藩主光之の命で貝原益軒が着手し、元禄元年(1688 年)に『黒田家譜』として完成、明治四十三・四十四年(1910-1911 年)刊の『益軒全集』巻五に収録されてインターネット公開されている。

関連神社・氏神信仰

福岡市内には黒田家伝来の国宝「金印」(漢委奴国王印)や名鎗「日本号」、織田信長から授けられた書状を含む文化財群を所蔵する福岡市博物館が立地する。黒田如水・長政父子を顕彰する光雲神社が福岡市中央区西公園に鎮座し、近代以降の黒田家ゆかりの神社として位置づけられている。

出典

次に読む

あなたの縁

あなたの縁をたどる

読了した由緒を起点に、あなた自身の繋がりをひらきます。

縁をたどる