
氏族
尾張に発し加賀・能登・越中を領した近世大名。加賀百万石の藩主家として知られる。
前田氏は戦国期から近代にかけて活動した武家氏族で、尾張荒子を本貫とし、織田信長・豊臣秀吉のもとで台頭した前田利家が能登・加賀を領した。慶長期に利家・利長父子が加賀・能登・越中三国百十九万石を確立し、近世を通じて加賀藩主家として「加賀百万石」と称された。
出自について『寛政重脩諸家譜』は前田氏を菅原氏前田の家として収録し、菅原道真後裔を称する系譜を伝えるが、後世の修飾説も併存し、近代の前田家研究でも起源を伝承として扱う立場が穏当とされてきた。同書巻第千百三十一「菅原氏 前田」相当の家譜記事は国立公文書館デジタルアーカイブにも収録されているが、巻号特定には『寛政重修諸家譜索引』の照合が推奨される。本記述では『寛政重脩諸家譜』の所載を伝承として参照しつつ、出自確定は留保する立場を採る。
前田利家は天正三年(1575 年)に越前国府中で三万三千三百石を与えられ、天正九年(1581 年)に能登一国二十一万石を拝領、天正十一年(1583 年)に金沢城へ入った。前田利長は慶長五年(1600 年)関ヶ原合戦後に弟利政の領地を加領され、慶長六年(1601 年)加賀国江沼・能美両郡などに二十万石余を加増されて加賀・能登・越中三国計百十九万二千七百石を領し、加賀藩領の基礎を確立した。寛永十一年(1634 年)には領知朱印状で表高百十九万二千七百六十石が確定し、平成二十一年(2009 年)には「加賀藩主前田家墓所」が国指定史跡となっている。
明治六年(1873 年)に金沢で前田利家を主祭神とする尾山神社が創建された。前田家旧蔵の典籍・文書・美術工芸品約二万点は東京駒場の尊経閣文庫(公益財団法人前田育徳会)に伝来し、国宝二十二件・重要文化財七十六件を含む。
寛政重脩諸家譜 菅原氏 前田 家譜
一次文献堀田正敦 編
前田利家・利長を含む加賀前田氏家譜を菅原氏前田として収録する
https://www.digital.archives.go.jp/file/3143734加賀藩史料 第一編
一次文献日置謙 編・前田家編輯部
1538 年の前田利家誕生から 1871 年の廃藩置県までの加賀藩関係事項を編年体で記す
https://ndlsearch.ndl.go.jp/en/books/R100000002-I000001213395(国指定)加賀藩主前田家墓所 金沢市公式
機関資料金沢市文化財保護課
加賀・能登・越中三国を領した加賀藩主前田家の墓所。平成二十一年国指定史跡
https://www4.city.kanazawa.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkazaihogoka/gyomuannai/3/1/1/siteibunkazai/5/5823.html石川県立図書館 SHOSHO 加賀藩史料 キュレーション
機関資料石川県立図書館
加賀藩関係の編年史料群と東京大学史料編纂所近世編年データベースへの参照を提示
https://www.library.pref.ishikawa.lg.jp/shosho/curation/KYODO02前田氏 – Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
加賀・能登・越中の大半を領して都合 119 万 2700 石となり加賀藩領の基礎を確立した
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E7%94%B0%E6%B0%8F