
神別
壬生氏は、山城を拠点とした神別の氏族。壬生連の系譜で乳部(天皇の乳母を出す氏族)の管理と宮廷奉仕を担った神別氏族。
壬生氏は、皇子・皇女の養育機関である乳部(ちのべ、壬生部)の管理を世襲した神別氏族。「壬生」は乳母を出す部民を意味する古代の職掌名「みぶ」に由来する。山城国を本拠とし、奈良時代以降は壬生連・壬生宿禰として朝廷に仕えた。京都の壬生寺・壬生郷の名は本氏の本拠地に由来する。
『新撰姓氏録』山城国神別の壬生連条は、壬生氏を御諸別命(みもろわけのみこと、火明命後裔)の後裔と記す。天火明命系(同祖の尾張氏・海部氏に連なる)の傍流として位置づけられる。一方、別流の壬生氏には武蔵国造後裔とする系統もあり、複数の起源伝承が併存する。同祖の尾張氏(既出 owari-clan)・海部氏(既出 amabe-clan)が天火明命を祖とする神別氏族として並立し、壬生氏もこの祭祀圏に連なる。なお、壬生狼で知られる新選組の屯所「壬生寺」は地名に由来するもので、氏族とは別系統。
壬生氏の中央政界での活動は限定的で、宮廷の伴造(とものみやつこ)として乳部の管掌に専念した。『続日本紀』には壬生連・壬生宿禰の人物が中下級官人として散見し、養老四年(720 年)以降の朝廷で乳部職を世襲する記録が残る。壬生使主(みぶのおみ)系の壬生宿禰は奈良末期から平安初期に賜姓を受けた支族で、宮廷儀礼の伝統を継承した。中世以降は社家・神官として山城・大和の地縁的展開に転じた。
壬生郷(現京都市中京区壬生)は壬生氏の本貫地で、地名そのものが氏族名を伝える。壬生寺(京都市中京区壬生梛ノ宮町)は正暦二年(991 年)創建の律宗寺院で、本氏の本拠地に建てられた由緒を持つ。山城の同祖系統社家として、火明命系の祭祀圏に連なる古社が散在し、尾張氏奉斎の熱田神宮や海部氏奉斎の籠神社と同祖系譜の祭祀ネットワークを構成する。
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・壬生氏族条
一次文献藤原緒嗣 他(弘仁6年勅撰)
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・壬生氏族条に基づく壬生氏の代表的な典拠整理。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2543361Wikipedia「壬生氏」
二次資料Wikipedia「壬生氏」を参照した壬生氏の系譜・地域的受容の補助確認。
https://ja.wikipedia.org/wiki/壬生氏