
氏族
安芸国を本拠とした戦国大名。後に長州藩主家として近世を通じて存続した。
毛利氏は鎌倉期から近代にかけて安芸国を中心に活動した武家氏族で、戦国期には毛利元就のもとで中国地方一帯を支配する大勢力に成長した。江戸期には長州藩主家として近世を通じ存続し、約五万点に及ぶ「毛利家文庫」を山口県文書館に伝える。
『尊卑分脈』は鎌倉幕府初代政所別当・大江広元の第四子・毛利季光を毛利氏の祖と記す。家名は季光が父広元から相続した相模国愛甲郡毛利荘(現神奈川県厚木市毛利台周辺)を本貫としたことに由来するとされる。大江広元の実父については中原氏説と大江氏説が並存し、Wikipedia「大江広元」記事も「諸説あり」と明記するため、本記述では『尊卑分脈』所載の系譜を伝承として参照する形を採る。
大永三年(1523 年)に毛利元就が安芸毛利氏第十二代当主を継ぎ、厳島の戦い(1555 年)で陶晴賢を破って中国地方支配を確立した。永禄六年(1563 年)には毛利輝元が十一歳で家督を継ぎ、慶長五年(1600 年)関ヶ原合戦後に周防・長門二国へ減封され、慶長九年(1604 年)萩城を築いて長州藩の基礎を固めた。元就・隆元自筆を多く含む「毛利家文書」一五九三点は昭和四十八年(1973 年)に重要文化財に指定され、現在は防府毛利報公会が管理する。
明治以降、毛利元就を主祭神とする豊栄神社(山口市)や毛利輝元を祀る野田神社など、毛利家ゆかりの神社が長州各地に整備された。旧萩藩主家の邸宅は毛利博物館として公開され、家伝来の国宝・重要文化財群を継承している。
新編纂図本朝尊卑分脈系譜雑類要集 第12巻 大江氏
一次文献洞院公定 撰
大江広元の第四子・毛利季光を毛利氏の祖と記載する系譜資料
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000039-I991592寛政重脩諸家譜 大江・毛利氏項
一次文献堀田正敦 編
幕府編纂の武家系譜集。毛利氏は大江氏流として収録
https://ndlsearch.ndl.go.jp/en/books/R100000002-I000000869904毛利家文書(重要文化財) 文化遺産オンライン
機関資料文化庁
毛利元就・隆元自筆を含む文書 1593 点。1973 年重要文化財指定
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/157098山口県文書館 毛利家文庫 所蔵文書検索
機関資料山口県文書館
1952 年に旧長州藩主毛利家から寄託された約五万点の藩政文書を所蔵
https://archives.pref.yamaguchi.lg.jp/document-search/毛利氏 – Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
大江氏を祖とする武家・華族。毛利季光が相模国愛甲郡毛利荘を本貫として毛利を称した
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E5%88%A9%E6%B0%8F