
神別
宗像氏は、筑前を拠点とした神別の氏族。宗像大社で宗像三女神を奉斎し、筑前宗像郡を本拠とした海神系氏族。
宗像氏は、筑前国宗像郡(現福岡県宗像市・福津市)を本拠とし、宗像大社の祭祀を世襲した神別氏族。古代の玄界灘交易と朝鮮半島航路の要衝を支配し、海人系の祭祀氏族として大和朝廷と緊密に結びついた。「胸形」「宗形」とも書く。律令制下では宗像郡の郡領家として続き、大宮司家として中世まで連続した。
『新撰姓氏録』未定雑姓に胸形君・胸形朝臣を載せ、宗像氏は宗像三女神(田心姫神・湍津姫神・市杵島姫神)の奉斎氏族として記紀に登場する。『日本書紀』神代上 第六段一書では、素戔嗚尊との誓約に際して天照大神が生んだ三女神が、葦原中国の宇佐嶋に降りて筑紫の道中(みちなか)の神となったとされ、これが宗像三神の起源伝承。さらに『日本書紀』には大国主神と田心姫神の子として味鋤高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)も記され、宗像氏祭祀の神格圏を出雲系へと接続する。
宗像徳善(むなかたのとくぜん、生没年不詳、7 世紀後半)は天武天皇の妃 尼子娘(あまこのいらつめ)の父で、その子 高市皇子(654–696)は天武朝の中核を担った。宗像氏は天武・持統朝に外戚として影響力を持ち、神宝の上奏を通じて中央祭祀に深く関与した。中世に宗像大宮司家として確立し、戦国期には宗像氏貞(1545–1586)が地域武家として大友・大内・毛利氏と渡り合った。
宗像大社(福岡県宗像市田島)は、沖津宮(沖ノ島)・中津宮(大島)・辺津宮(田島)の三宮で構成され、海上交通の要に祀る宗像三女神の祭祀圏を成す。沖ノ島は古代祭祀遺跡として 4 世紀から 9 世紀の奉献品が出土し、平成二十九年(2017 年)に「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」としてユネスコ世界文化遺産に登録された。厳島神社(広島県廿日市市)にも市杵島姫神を分祀し、瀬戸内海航路の信仰拠点として展開した。
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・宗像氏族条
一次文献藤原緒嗣 他(弘仁6年勅撰)
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・宗像氏族条に基づく宗像氏の代表的な典拠整理。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2543361Wikipedia「宗像氏」
二次資料Wikipedia「宗像氏」を参照した宗像氏の系譜・地域的受容の補助確認。
https://ja.wikipedia.org/wiki/宗像氏