
氏族
甲斐国を本拠とした武家。清和源氏義光流甲斐源氏の宗家として知られる。
武田氏は平安後期から戦国期にかけて甲斐国を本拠とした武家氏族で、清和源氏義光流の甲斐源氏宗家として知られる。『尊卑分脈』には源義光(新羅三郎)の後裔として記され、戦国期には武田信玄が領国経営と軍制改革で広く知られた。
出自として清和源氏義光流(甲斐源氏)を称し、『尊卑分脈』は源頼義の三男・源義光(新羅三郎)を遠祖とし、その子・義清(武田冠者)が常陸国那珂郡武田郷を本貫として武田姓を名乗ったと記す。近代の志田諄一らによる研究もこの始祖伝承を主要な系譜説として扱ってきたが、源氏の称号は平安後期以降に成立した武家自称であり、起源は伝承として扱うのが穏当である。なお『新撰姓氏録』は弘仁六年(815 年)成立で京・畿内 1182 氏に限定されており、平安後期に甲斐で成立した武田氏は対象外となる。
平安末期に甲斐源氏初代を称した武田信義に始まり、戦国期に武田信玄(晴信)が信濃・駿河へ勢力を広げた。元亀三年(1572 年)三方ヶ原で徳川家康を破ったが、天正三年(1575 年)長篠の戦いで織田・徳川連合軍に敗れ、天正十年(1582 年)勝頼の代に滅亡した。本拠の武田氏館跡(躑躅ヶ崎館跡、山梨県甲府市)は昭和十三年(1938 年)に国史跡として指定され、文化庁国指定文化財等データベースに登録されている。
本拠跡地には大正八年(1919 年)に武田信玄を祭神とする武田神社が創建された。甲斐源氏の氏神を巡る信仰は、塩山の恵林寺など信玄ゆかりの諸寺院や、甲府盆地周辺の在地神社にも継承されている。
新編纂図本朝尊卑分脈系譜雑類要集(尊卑分脈)清和源氏巻
一次文献洞院公定 撰
清和源氏義光流の系譜として武田氏始祖・源義清の所載が記される
https://ndlsearch.ndl.go.jp/en/books/R100000039-I991587寛政重脩諸家譜 清和源氏義光流
一次文献堀田正敦 編
江戸幕府編纂の武家系譜集。武田氏は清和源氏義光流として収録される
https://ndlsearch.ndl.go.jp/en/books/R100000002-I000000869904武田氏館跡(史跡) 国指定文化財等データベース
機関資料文化庁
所在地:山梨県甲府市古府中町。武田信虎・信玄・勝頼三代の居館跡として昭和十三年指定
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/1122武田氏 – Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
清和源氏義光流甲斐源氏の宗家。源義清が常陸国武田郷を本貫として武田姓を名乗ったとする
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E7%94%B0%E6%B0%8F