
伝承
清水寺縁起は京都府京都市東山区を代表地点として整理する伝承。音羽の滝と観音信仰をめぐって語られる寺院縁起として語られ、出典、土地、関連エンティティを分けてたどれる。
清水寺縁起(きよみずでらえんぎ)は、京都市東山区音羽山中腹に位置する北法相宗の大本山・清水寺の創建譚である。宝亀九年(778 年)、大和小島寺の僧・賢心(けんしん、後の延鎮上人)が夢告に従って音羽山に至り、滝のそばで修行する行叡居士(ぎょうえいこじ)に出会う。行叡は「観音の像を彫って祀れ」と託して立ち去り、賢心は霊木に千手観音像を刻んで草庵に安置する。後年、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が音羽山に鹿狩りに入った折、賢心と出会って観音信仰に帰依し、自邸を堂宇として寄進した。これが清水寺の創建で、田村麻呂は本願主として伝わる。本尊・十一面千手観音像は、その後も観音霊場として平安期から現代まで信仰を集め続けた。
縁起は三段で構成される——(一)僧・賢心の夢告と音羽山への到達、(二)行叡居士との出会いと観音像の造立、(三)坂上田村麻呂の帰依と堂宇の建立。「夢告→出会い→建立」という観音霊場縁起の典型構造を備える。音羽の滝(おとわのたき)という水源信仰と、賢心・行叡・田村麻呂という三者の継承譚が結合し、自然霊地と人物縁起が一体化する形式が成立する。鹿狩りの場面は、田村麻呂の武人性と仏縁との和解を示す。
比定地は京都市東山区清水(きよみず)一丁目の清水寺。境内には音羽の滝(清水寺の名の由来)、奥の院、地主神社(じしゅじんじゃ、明治の神仏分離で分社)が含まれる。本堂は「清水の舞台」として広く知られ、寛永十年(1633 年)徳川家光による再建で国宝指定(文化庁 国指定文化財等データベース)。1994 年に「古都京都の文化財」としてユネスコ世界文化遺産に登録された。
『清水寺縁起』(中世成立、複数の絵巻・写本。清水寺所蔵『清水寺縁起絵巻』は国指定重要文化財)、『扶桑略記』、『今昔物語集』巻十一「観音利益語」、『元亨釈書』巻十六。清水寺寺伝、京都市教育委員会の地域資料、文化庁 国指定文化財等データベース「清水寺本堂」「清水寺縁起絵巻」項目を二次整理として参照する。
清水寺縁起
一次文献清水寺縁起に見える清水寺縁起の代表的な典拠。
日本霊異記・寺社縁起研究
二次資料日本霊異記・寺社縁起研究など、清水寺縁起の伝承差や地域的受容を整理する二次資料。
あなたの縁
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