神社
合氣神社は茨城県笠間市にある神社。名称、所在地、由緒を分け、道開き・健康の信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
合氣神社は茨城県笠間市に位置する神社です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、茨城県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
合氣神社(あいきじんじゃ)は、茨城県笠間市岩間に鎮座する神社。合気道開祖・植芝盛平(うえしばもりへい、1883-1969)が昭和十五年(1940 年)に岩間の地に建立した私的祭祀施設を起源とする、武道と神道が結びついた近現代の宗教景観の一例。
所在は茨城県笠間市吉岡 27。常磐線岩間駅東方の丘陵に位置し、植芝が「岩間の合気修練道場」と称した茅葺の屋外祭壇を起源とする社地。隣接する合氣道場・茨城支部道場と一体の境内を成し、植芝が「武産合気(たけむすあいき)」と呼んだ晩年の合気道修行の場として知られる。
祀神は四十三柱の合気大神(あいきおおかみ)と総称される神々で、植芝が大本教の影響下で習合的に構成した神格群。中核に天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、国之常立神(くにのとこたちのかみ)、天照大御神を据える。『古事記』上巻 神代七代段に天地開闢の独神として記される天之御中主神・国之常立神を中軸に、近隣の常陸国一宮・鹿島神宮の主祭神武甕槌神を関連神格として位置づけ、武道の鎮守と位置づけられる。
昭和十五年(1940 年)、植芝盛平が東京から岩間に移り、屋外祭壇を設けたのが起源と伝えられる。昭和十七年(1942 年)に社殿を造営し合氣神社と称した。昭和四十四年(1969 年)の植芝の没後も、合気会本部・茨城支部によって管理が継承され、毎年 4 月の例祭には世界各国の合気道修行者が参集する近代武道祭祀の中心地となっている。
4 月 29 日の例大祭(合氣大祭)が中心で、合気道演武奉納と古武術の奉納が行われる。1 月の合気道初稽古に併せて執行される正月行事も継承される。
合氣神社 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
合氣神社の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
合氣神社 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
合氣神社の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q2827917 と日本語版 Wikipedia を参照。