
寺院
中山寺を安産信仰と阪神間の参詣地。
中山寺(なかやまでら)は、兵庫県宝塚市中山寺に所在する真言宗中山寺派の大本山。聖徳太子により創建されたと伝えられる古刹で、安産・子授け信仰の中心として全国的に知られる。西国三十三所第二十四番札所。山号は紫雲山(しうんざん)。
所在は兵庫県宝塚市中山寺 2-11-1。阪神間の宝塚市、中山連山の南麓に立ち、阪急電鉄宝塚線・中山観音駅から徒歩数分の参詣動線を持つ。境内は本堂・大師堂・観音堂・五重塔・閻魔堂などが斜面に展開し、隣接の清荒神清澄寺(きよしこうじんせいちょうじ、宝塚市米谷)と並ぶ阪神間の参詣地として継承される。本堂背後の中山連山頂上には奥之院があり、登拝路が整備されている。
本尊は十一面観音菩薩(じゅういちめんかんのんぼさつ、秘仏、年に一度開帳)。脇侍に十一面観音二体(中山三世観音)。観音菩薩は『法華経』観世音菩薩普門品の三十三身に変じて衆生を救う仏として、特に女性・安産・子授けの信仰対象として中世以来庶民信仰の中心を成した。当寺の安産信仰は豊臣秀吉の側室淀殿(よどどの)が秀頼を懐妊した際に安産祈願に訪れた伝承、明治天皇の生母中山慶子(なかやまよしこ)が当寺で明治天皇懐妊を祈願した伝承により全国に広まった。同じ西国三十三所の勝尾寺・興福寺南円堂と並ぶ近畿の観音霊場として位置づけられる。
寺伝では聖徳太子の創建と伝えられ、最古の観音霊場の一つとして古代より信仰を集めた。鎌倉期には西国三十三所第二十四番札所として観音巡礼の中心地となり、近世には淀殿・明治天皇生母の懐妊伝承で安産信仰の聖地として全国に知られるようになった。本堂(慶長八年・1603 年再建、豊臣秀頼の寄進)は桃山様式の代表作として国指定重要文化財。明治の神仏分離・廃仏毀釈の影響を受けつつも、安産信仰の隆盛により近代以降も参詣者を集め、現在は真言宗中山寺派の大本山として継承される。
2 月 3 日の節分会、4 月 18 日の春会式(観音縁日)、8 月 9 日の四万六千日(しまんろくせんにち、観音縁日)が主要法要。毎月 18 日の観音縁日には全国から安産・子授け祈願の参詣者が訪れ、戌の日(いぬのひ)には腹帯(はらおび)の授与で知られる。同じ阪神間の安産信仰として清荒神清澄寺の三宝荒神信仰と並ぶ祈願圏を成す。
中山寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
中山寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
中山寺 公式・公的由緒資料
機関資料中山寺の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
中山寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
中山寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q3335345 と日本語版 Wikipedia を参照。
中山寺 地域資料・百科資料
二次資料中山寺の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。