
神社
識名宮は沖縄県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、道開き・健康の信仰文脈から地図でたどれる。
識名宮(しきなぐう)は、沖縄県那覇市繁多川に鎮座する神社。琉球八社の一に数えられる古社で、琉球王府による近世琉球の官社祭祀体系を構成する首里近郊の主要社。
所在は沖縄県那覇市繁多川 4-1-43。那覇市東部、識名台地の縁辺に鎮座し、社地は近隣の識名園(首里王家の別邸、世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」構成資産)と一体の景観を成す。近隣には首里城(那覇市首里)・末吉宮(那覇市首里)・沖宮(那覇市奥武山町)など琉球八社の他社が分布する。
主祭神は伊弉冉尊(いざなみのみこと)・速玉之男尊(はやたまのおのみこと)・事解之男尊(ことさかのおのみこと)を中心とする熊野権現の祭神構成。紀伊国熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)を本社とする熊野信仰が、近世琉球王府の祭祀体系に取り込まれて琉球八社として展開した経緯を示す。琉球独自の御嶽(うたき)祭祀と本土の神道祭祀が結合した近世琉球独自の宗教構成を体現する。
社伝では尚元王代(在位 1556-1572 年)の創建と伝えられる。識名洞窟に祀られた神を尚元王が病気平癒の祈願により崇敬し、当地に社殿を建立したのを起源と伝える。近世琉球王府の官社祭祀体系の一として継承され、首里王家の祈願社の役割を担った。明治以降は近代神社制度に組み込まれ、戦後は神社本庁登録社として継承されている。第二次世界大戦の沖縄戦で社殿は焼失し、戦後再建された。
旧暦 5 月・9 月の例祭が中心。琉球八社共通の祭祀暦に従い、沖縄独自の伝統行事と結びついて継承される。
識名宮 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
識名宮の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
識名宮 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
識名宮の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q11632260 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%98%E5%90%8D%E5%AE%AE