神社
静岡浅間神社は静岡県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、道開き・安産の信仰文脈から地図でたどれる。
静岡浅間神社(しずおかせんげんじんじゃ)は、静岡県静岡市葵区宮ヶ崎町に鎮座する神社の総称。神部神社・浅間神社・大歳御祖神社の三社を合わせて「静岡浅間神社」と称し、駿河国総社・国府八幡的役割を担った古社群。徳川家康ゆかりの近世大造営で知られる。
所在は静岡県静岡市葵区宮ヶ崎町 102-1。静岡市中心部の北、賤機山(しずはたやま)南麓に鎮座する。社地には神部神社・浅間神社・大歳御祖神社の三社が並立し、近隣の駿府城跡(葵区駿府城公園)と一体の近世静岡景観を成す。徳川家康が幼少期に今川氏の人質として育った地と縁が深い。
主祭神は神部神社の大己貴命(おおなむちのみこと)、浅間神社の木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやびめのみこと)、大歳御祖神社の大歳御祖命(おおとしみおやのみこと)。神部神社は駿河国総社、浅間神社は富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)からの勧請社、大歳御祖神社は古代駿河の在地神を祀る式内社と伝える。『古事記』上巻に天孫降臨段で邇邇芸命の妃神として記される木花之佐久夜毘売命を浅間信仰の祭神とする祭祀構成を継承する。
神部神社・大歳御祖神社は延喜式神名帳(延長五年・927 年撰)の駿河国安倍郡条に記載される式内社。浅間神社は延暦年間(782-806 年)に富士山本宮浅間大社を勧請したと伝える。徳川家康は元服式を当社で挙げたと伝え、近世初期に幕府によって大規模な造営が行われた。寛永期から文化期にかけての社殿群は徳川幕府の権力造営の代表例で、26 棟が国指定重要文化財。明治期に国幣小社に列せられた。
4 月の廿日会祭(はつかえさい)が著名で、駿府の春を彩る大祭として継承される。
静岡浅間神社 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
静岡浅間神社の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
静岡浅間神社 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
静岡浅間神社の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q500368 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%99%E5%B2%A1%E6%B5%85%E9%96%93%E7%A5%9E%E7%A4%BE