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仏像

浄瑠璃寺吉祥天立像

公開検証済みじょうるりじきちじょうてんりゅうぞう素材: 檜割矧ぎ造

京都・浄瑠璃寺本堂厨子内に祀られる、鎌倉時代の彩色・截金による吉祥天立像。

概要

浄瑠璃寺吉祥天立像は、京都府木津川市の浄瑠璃寺本堂厨子内に祀られる鎌倉時代の木造立像である。Wikidata エントリ「statue of Kichijoten, Joruri-ji」は指定名称を「厨子入木造吉祥天立像」と記し、像高90.0cm、檜材の割矧ぎ造に彩色・截金を伴う重要文化財として登録されている。

由来・由緒

Wikipedia浄瑠璃寺記事は建暦2年(1212年)に本堂厨子へ納められたと伝え、東京文化財研究所アーカイブも昭和8年(1933年)撮影のガラス乾板で「吉祥天像 浄瑠璃寺蔵」と記録する。同アーカイブが参考文献に挙げる丸尾彰三郎「浄瑠璃寺及び清雲寺の吉祥天女像」(『美術研究』6号、1932年)は本像の代表的な戦前学術記録であり、書誌は CiNii Research でも確認できる。

現在の所在・伝来

現在も京都府木津川市加茂町の浄瑠璃寺本堂厨子内に伝来し、毎年1月1日から15日・3月21日から5月20日・10月1日から11月30日の各期間に厨子が開扉される。Wikipedia浄瑠璃寺記事は本像を鎌倉時代の絵画資料としても貴重と整理する。

文化財指定

吉祥天立像本体は重要文化財に指定されており、Wikidata Q115489620 は Important Cultural Property of Japan として登録する。浄瑠璃寺本堂と九体阿弥陀如来坐像は本像とは別に国宝に指定されている。

出典

  • 東京文化財研究所 東文研アーカイブ ガラス乾板 No.00233 吉祥天像(浄瑠璃寺蔵)

    一次文献

    東京文化財研究所

    撮影日1933-03-28、撮影時所蔵浄瑠璃寺、分野彫刻、ガラス乾板四切。参考文献として丸尾彰三郎「浄瑠璃寺及び清雲寺の吉祥天女像」『美術研究』6号(1932)を挙げる。

    https://www.tobunken.go.jp/materials/glass/21099.html
  • CiNii Research 図版解説 吉祥天女像[京都 浄瑠璃寺蔵]

    機関資料

    正木篤三

    『美術研究』第6号 pp.21-22(1932)所収の浄瑠璃寺吉祥天女像図版解説の書誌レコード。国立情報学研究所 CiNii Research に到達確認済み。

    https://cir.nii.ac.jp/crid/1050282676660255488
  • Wikipedia 日本語版 浄瑠璃寺

    二次資料

    Wikipedia contributors

    吉祥天立像(重要文化財)、像高90.0cm、檜材割矧ぎ造、彩色截金、建暦2年(1212)に本堂安置、開扉期間1/1-15・3/21-5/20・10/1-11/30と記す。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%84%E7%91%A0%E7%92%83%E5%AF%BA
  • Wikipedia 日本語版 吉祥天

    二次資料

    Wikipedia contributors

    浄瑠璃寺吉祥天立像(重要文化財)は鎌倉時代の作と記す。吉祥天はインド神話に起源を持ち仏教に取り入れられた福徳の女神で毘沙門天の妃とされる。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%A5%A5%E5%A4%A9
  • Wikidata statue of Kichijoten, Joruri-ji (Q115489620)

    二次資料

    Wikidata contributors

    正式名称「厨子入木造吉祥天立像」、制作年1212年(circa)、Kamakura period、Important Cultural Property of Japan、所有者 Joruri-ji Temple と記録される。

    https://www.wikidata.org/wiki/Q115489620

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