
神別
忌部氏は、大和・阿波を拠点とした神別の氏族。天太玉命を祖と伝え、神事における斎清の職掌を担った古代祭祀氏族。
忌部氏は、宮廷祭祀において斎清(さいせい)と神宝・幣帛の調進を担った神別氏族。「忌部」は「斎部(いみべ)」とも書き、神事に関わる清浄を保つ職掌を意味する。中臣氏と並んで神祇官の祭祀を司ったが、平安期には中臣氏に押されて勢威を失い、9 世紀初頭に斎部広成が『古語拾遺』を著して祖業の主張を残した。
『新撰姓氏録』左京神別上は、斎部宿祢を天太玉命(あめのふとだまのみこと)の後裔と記す。天太玉命は『古事記』上巻 天岩戸段で布刀玉命として登場し、天香山の真榊に八尺瓊勾玉・八咫鏡を懸けて天照大神を岩戸から招き出す儀礼を司った神格。同段で天児屋根命(中臣氏祖神)と並んで祝詞・祓を奉ったとされ、両神は宮廷祭祀の祖神として対をなす。同祖系譜には阿波忌部・讃岐忌部・出雲忌部・紀伊忌部など各地の忌部諸氏族が連なる。
斎部広成(いんべのひろなり、生没年不詳)は平城朝に祭祀職の中臣氏偏重を訴え、大同二年(807 年)に平城天皇の勅命を受けて『古語拾遺』を撰進した。同書は忌部氏の伝える神代以来の祭祀職掌を整理し、中臣氏と忌部氏の同等の祖業を主張する。阿波国忌部の系統からは麻植郡(現徳島県吉野川市)の麻植氏が出、大嘗祭の麁服(あらたえ、麻織物の神御衣)調進を中世以降も担った。
天太玉命神社(奈良県橿原市忌部町)は『延喜式神名帳』に大和国高市郡の名神大社「天太玉命神社」として記される、忌部氏の中央氏神。阿波国の忌部神社(徳島県吉野川市山川町、論社の一つ)は阿波忌部の祖神 天日鷲命を祀り、大嘗祭の麁服調進儀礼の中心となる。紀伊国の鳴神社(和歌山市鳴神)は紀伊忌部の祖神を祀ると伝えられる。
古語拾遺(大同2年)— 斎部広成による忌部氏の祭祀職掌記録
一次文献斎部広成(大同2年)
古語拾遺(大同2年)— 斎部広成による忌部氏の祭祀職掌記録に基づく忌部氏の代表的な典拠整理。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2587030Wikipedia「忌部氏」
二次資料Wikipedia「忌部氏」を参照した忌部氏の系譜・地域的受容の補助確認。
https://ja.wikipedia.org/wiki/忌部氏