
神別
春日氏は、大和を拠点とした神別の氏族。春日神社を奉斎した神官氏族で、中臣氏とともに藤原氏の外戚として大和に根ざした。
春日氏は、大和国添上郡春日郷(現奈良市春日野町周辺)を本拠とした神別氏族。和邇氏(わにうじ)の支族として古代に分かれ、孝昭天皇後裔の系譜を称した。春日大社が藤原氏の氏神として整備される以前から春日山麓の在地祭祀を担い、平安初期に和邇氏系から「春日朝臣」として独立した家名を確立した。
『新撰姓氏録』左京皇別上は、春日朝臣を孝昭天皇の皇子 天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)の後裔と記し、同祖の和邇氏・小野氏・大宅氏・栗田氏など「和邇氏族(わにうじぞく)」と総称される一群を成す。系譜上は皇別だが、春日山麓における在地祭祀の伝統を担った点で神別的性格を併せ持ち、後に春日大社の祭祀圏に組み込まれた。同祖の和邇氏は学問・記録、小野氏は外交・歌道、春日氏は祭祀と地縁にそれぞれ展開した。
春日氏の中央政界での活動は比較的限定的だが、奈良時代の春日老(かすがのおゆ)は『万葉集』に歌を残す宮廷歌人として知られる。平安初期に「春日」を氏とする支族が和邇氏から正式に分かれ、地縁的に春日大社の社頭活動と関係しつつ、神主家の中核は中臣氏系統が担う構造となった。中世以降、春日氏は社家として大社に仕える系統と、奈良地方の在地武家として展開する系統に分かれた。
春日大社(奈良市春日野町)は神護景雲二年(768 年)に藤原永手らが武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神を祀って造営した社で、藤原氏・中臣氏の氏神社として知られる。しかし春日山一帯の祭祀はそれ以前から在地氏族の手で営まれており、春日氏はその古層の担い手と位置づけられる。『延喜式神名帳』には大和国添上郡の春日神社が記され、平安期以降は藤原氏の氏神として国家祭祀の対象となった。
延喜式(延長5年)— 春日神社条・奉斎氏族の記録
一次文献藤原時平 他(延長5年)
延喜式(延長5年)— 春日神社条・奉斎氏族の記録に基づく春日氏の代表的な典拠整理。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2536384Wikipedia「春日氏」
二次資料Wikipedia「春日氏」を参照した春日氏の系譜・地域的受容の補助確認。
https://ja.wikipedia.org/wiki/春日氏