
神別
大伴氏は、大和・豊後を拠点とした神別の氏族。天忍日命を祖と伝え、大伴旅人・家持を輩出した武官・歌人の系譜。
大伴氏は、古代日本の武門として朝廷に仕えた氏族。「大伴」は「大いなる伴(とも)」、すなわち多くの従者を率いる職掌に由来するとされる。『古事記』の天孫降臨段で天忍日命が邇邇芸命に供奉した系譜を、氏祖伝承として継承し、奈良時代まで宮廷の警備・軍事を担う伴造の中核を成した。
『新撰姓氏録』右京神別は、大伴氏を天忍日命の後裔と記す。天忍日命は『古事記』上巻 天孫降臨段で、天津久米命とともに邇邇芸命の前駆として武装し、降臨の道を護る役割を担った神格。久米直氏は天津久米命の後裔とされ、大伴氏と並んで天孫降臨供奉神の系譜を成す。両氏は古代の宮廷武門の対をなす関係で、平安期の編纂物までこの組み合わせが踏襲される。
6 世紀の大伴金村は欽明朝で大連として朝廷を主導し、7 世紀の大伴長徳・大伴御行は壬申の乱で天武天皇方として戦功を挙げた。奈良時代の大伴家持(718–785)は『万葉集』編纂に深く関わり、最終巻に多くの歌を残す。家持の歌は氏祖伝承や武門意識、忠誠の主題を色濃く反映し、大伴氏が古代の終わりまで保った自己認識を伝える。
天孫降臨供奉神の系譜は、大伴氏のみならず古代武門諸氏族の祖神伝承の起点。物部氏(饒速日命系)など他の武門氏族との対比、佐伯氏・佐伯部などの分流の系譜が、『新撰姓氏録』および氏族別の伝承で確認できる。平安期以降の大伴氏は伴氏と改姓し、9 世紀の伴大納言事件(応天門の変、866 年)で政治的勢威を失うが、家系の系譜意識は『姓氏録』『古語拾遺』に継承された。
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・大伴氏族条
一次文献藤原緒嗣 他(弘仁6年勅撰)
新撰姓氏録(弘仁6年)— 神別・大伴氏族条に基づく大伴氏の代表的な典拠整理。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2543361Wikipedia「大伴氏」
二次資料Wikipedia「大伴氏」を参照した大伴氏の系譜・地域的受容の補助確認。
https://ja.wikipedia.org/wiki/大伴氏