
日本神話
五瀬命は、神武東征前史に位置づける神格。神武天皇の兄神として、日向から東征へ向かう系譜を補う
五瀬命(いつせのみこと)は、『古事記』『日本書紀』に記される神格。鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)と玉依毘売命(たまよりびめのみこと)の長子で、神武天皇(神倭伊波礼毘古命)の長兄。神武東征の前史と東征序盤を担う神格として記される。
『古事記』中巻 神武天皇段に「日向に坐しまして、東のかた美しき国ありと聞こし召して、いざ吾兄、共に行きて、天の下治めむと議りたまふ」と記され、五瀬命と神倭伊波礼毘古命(後の神武天皇)の兄弟が日向高千穂宮を発って東へ向かう。難波の白肩津で長髄彦(ながすねひこ)と戦った際、五瀬命は流れ矢を腕に受けて深手を負い、「賤奴に手傷を負ひぬ」と嘆く。紀伊国 男之水門(をのみなと)に至って絶命し、紀伊国 竈山(かまやま)に葬られたと記される。
父は鵜葺草葺不合命、母は玉依毘売命。弟に稲氷命(いなひのみこと)・御毛沼命(みけぬのみこと)・神倭伊波礼毘古命(神武天皇)の三柱がある。鵜葺草葺不合命を通じて、祖父は火遠理命(山幸彦)、祖母は豊玉毘売命(とよたまびめのみこと)と、海神 綿津見神の系譜に連なる。皇統の長兄として、神武東征の発端と紀伊での戦没を担う神格。
竈山神社(かまやまじんじゃ、和歌山市和田、紀伊国式内社)を主たる鎮座社とし、五瀬命の墓所と伝えられる竈山墓が境内に隣接する。『延喜式神名帳』(927 年)に名神大社として列せられ、紀伊国一の祭祀社の一つに数えられる。神武天皇を祀る橿原神宮(奈良県橿原市)の周辺伝承にも長兄として登場し、紀伊国一帯に東征伝承が分布する。
五瀬命 いつせのみこと
一次文献國學院大學 古典文化学事業「神名データベース」五瀬命。
https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/itsusenomikoto/古事記 中巻 神武天皇段
一次文献古事記 中巻 神武天皇段に基づく神格・系譜・登場場面の整理。
神道・神名辞典 五瀬命項
二次資料神道・神名辞典 五瀬命項を参照した神格名・関連文脈の補助確認。
名称や説話、図像、儀礼に重なる具体モチーフです。