
皇室祖神
『古事記』中巻・『日本書紀』に第16代天皇として記される人物神。父は応神天皇、母は仲姫命。「民のかまど」逸話で知られる聖帝。
仁徳天皇(にんとくてんのう、大鷦鷯尊・大雀命)は、『古事記』中巻・『日本書紀』に第16代天皇として記される古代の人物神。父は第15代応神天皇、母は仲姫命(景行天皇の曾孫)。難波高津宮に都を置き、課役の免除をめぐる「民のかまど」逸話により「聖帝」と称えられる。世界最大級の墳丘墓・大仙陵古墳(伝・仁徳天皇陵、堺市堺区)の被葬者に伝承上比定され、古墳時代を象徴する天皇として後世に位置づけられた。
『古事記』中巻 仁徳天皇段では、応神天皇の崩御後、異母弟の宇遲能和紀郎子(菟道稚郎子)と互いに皇位を譲り合い、結局大鷦鷯尊が即位する経緯が記される。難波高津宮即位後、高殿から民の家に炊煙が立たぬのを見て三年の課役免除を行い、宮殿の朽損も省みなかった逸話が伝えられる。『日本書紀』仁徳天皇紀ではより詳細に同伝承が記され、茨田堤・難波堀江の築造、横野堤・茨田三宅の設置など治水・灌漑事業の事績、皇后磐之媛命との関わり、八田皇女・髪長媛との関わりなどが収められる。
父は応神天皇(誉田別命)、母は仲姫命(皇后)。同母兄に額田大中彦皇子・大山守皇子、異母弟に菟道稚郎子。皇后は葛城襲津彦の娘・磐之媛命で、御子に履中天皇(去来穂別尊)・住吉仲皇子・反正天皇(瑞歯別尊)・允恭天皇(雄朝津間稚子宿禰尊)が生まれた。妃に八田皇女・髪長媛(日向諸県君牛諸井の娘)・宇遲能若郎女らがあり、皇統譜は履中・反正・允恭三代を経て古墳時代中期の倭王朝へ接続する。武内宿禰が長く朝政を補佐したと『日本書紀』に記される。
中心となる祭祀地は高津宮(大阪市中央区高津、難波高津宮の伝承地)で、仁徳天皇を主祭神として祀る。墓所は宮内庁治定の百舌鳥耳原中陵(大仙陵古墳、堺市堺区大仙町、世界文化遺産「百舌鳥・古市古墳群」)。難波神社(大阪市中央区)・若宮八幡社・各地の仁徳天皇社などで奉祀され、土木・治水・徳治の文脈で信仰される。明治の近代社格制度下では官幣大社高津宮として遇された。
古事記 中巻 仁徳天皇段
一次文献太安万侶(撰)/武田祐吉 校訂
太安万侶撰『古事記』中巻、仁徳天皇段に大鷦鷯尊の即位経緯・民のかまど逸話・磐之媛皇后と八田皇女に関する記述が含まれる。武田祐吉校訂版(青空文庫)。
https://www.aozora.gr.jp/cards/001518/card51732.html仁徳天皇 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
仁徳天皇(大鷦鷯尊)の系譜・治世事績・大仙陵古墳の被葬者比定・後世の信仰展開に関する二次整理。