
伝承
太宰府天神伝承は、福岡県太宰府市を入口にたどる伝承。福岡県太宰府市を代表地点として、寺社縁起・地名由来の文脈で語り継がれる物語を整理する
太宰府天神伝承は、平安初期の政治家・学者である菅原道真(すがわらのみちざね)が左遷地・大宰府(だざいふ)で没した後、天神(てんじん)として祀られるに至った経緯を語る御霊(ごりょう)信仰譚である。藤原時平(ふじわらのときひら)の讒言により昌泰四年(901 年)に大宰権帥(だざいごんのそち)として大宰府へ左遷された道真は、延喜三年(903 年)に同地で没した。その後、京では落雷・疫病・時平一族の急死等の異変が相次ぎ、これらを道真の怨霊の所業と恐れた朝廷は、延喜二十三年(923 年)に道真を右大臣に復し、正暦四年(993 年)には太政大臣・正一位を追贈、北野に天満宮を建立し慰撫を計った。
物語は三段で構成される——(一)讒言による左遷と大宰府での落魄死、(二)京における異変・落雷・時平一族の死、(三)神階追贈と北野・太宰府の天満宮創建による御霊鎮祭。道真の慰霊は平安御霊信仰の極北を示し、後に文道の祖・学問の神としての性格を強める。怨霊と学問神という二面性が日本中世の天神信仰の核を成す。
中心比定地は福岡県太宰府市宰府の太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)。道真の墓所の上に廟が築かれ、これが天満宮の起源となった。境内の「飛梅(とびうめ)」は道真が京を発つ際に詠んだ和歌の梅が一夜にして大宰府へ飛来したと伝えられる。京都市上京区の北野天満宮は朝廷側の鎮祭社で、両宮が天神信仰の中心を成し、全国一万二千余の天満宮の本社的位置を担う。
『日本紀略』『扶桑略記』『北野天神縁起絵巻』(鎌倉期成立、複数本)に経緯が累積する。藤原行成『権記』、源高明『西宮記』、後の『大鏡』『十訓抄』『古今著聞集』にも関連叙述が分布する。太宰府天満宮・北野天満宮の社伝、近世地誌『筑前国続風土記』(貝原益軒、元禄十六年・1703 年)も基礎史料となる。
寺社縁起・社寺由緒資料 太宰府天神伝承
一次文献寺社縁起・社寺由緒資料 太宰府天神伝承に基づく太宰府天神伝承の代表的な典拠整理。
日本伝説大系
二次資料日本伝説大系などを参照した太宰府天神伝承の地域的受容と異伝の補助確認。
あなたの縁
読了した由緒を起点に、あなた自身の繋がりをひらきます。
名称や説話、図像、儀礼に重なる具体モチーフです。