
御霊信仰
天神
天神は御霊信仰に位置づける神格。学業・厄除けの祈願領域から、関係する神社や聖地へたどる入口になる。
概要
天神様(てんじんさま)は、菅原道真公(承和十二年・845 年生〜延喜三年・903 年没)を神格化した神。学問・文芸・書道の神として全国の天満宮・天神社に祀られる。生前は宇多天皇・醍醐天皇に重用された学者・政治家であり、右大臣まで昇ったが、藤原時平の讒言により大宰権帥に左遷され、配所で没した。
出典上の登場場面
『日本三代実録』『日本紀略』『扶桑略記』など平安期の正史・編年体史書に、道真公の生涯と没後の事跡が記される。延喜三年(903 年)に大宰府で没した後、平安京で落雷・疫病が相次ぎ、これを道真公の怨霊と見て延長元年(923 年)に左遷を撤回、贈太政大臣・正一位に追贈された。北野天満宮の創建(天暦元年・947 年)は『北野天神縁起』に詳述され、託宣により多治比文子を介して祀ったと伝えられる。
系譜
父は菅原是善(文章博士)、母は伴氏。配偶神は宣来子(のぶきこ、島田忠臣の娘)で、子に菅原高視、菅原淳茂など。菅原氏は土師氏(はじし)の流れを汲み、『新撰姓氏録』(弘仁六年・815 年)では土師氏の祖が野見宿禰(垂仁朝の人物)とされる。学者の家系として、漢学・歴史・文芸の伝統を継承した。
信仰・祭祀
北野天満宮(京都市上京区)、太宰府天満宮(福岡県太宰府市)を二大総本社とし、全国に約 1 万 2 千社の天満宮が分社として広がる。太宰府天満宮は道真公の墓所の上に延喜十九年(919 年)に勅命で社殿が造営された地で、配流先の聖地。学業成就・書道上達・必勝祈願の神として、現代に至るまで受験生・学生の信仰を集める。
関連する神格
鎮座先
さらに見る
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登場する伝承
関連する氏族
出典
天神 関連社寺由緒資料
機関資料各社寺・公的機関
天神の祭祀・信仰上の性格を確認するための由緒資料。
天神 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
天神の概要に関する二次整理。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%A5%9E
