
伝承
生田稚日女伝承は、兵庫県神戸市中央区を入口にたどる伝承。兵庫県神戸市中央区を代表地点として、寺社縁起・地名由来の文脈で語り継がれる物語を整理する
生田稚日女伝承は、神功皇后(じんぐうこうごう)の三韓親征からの帰路、摂津国・敏馬(みぬめ、現在の神戸)沖で船が進まなくなった際、神託によって稚日女尊(わかひるめのみこと)を生田の地に祀ったとする神戸の地名起源譚である。皇后が船上で神意を問うたところ、稚日女尊が「われ活田の長峡国(いくたのながをのくに)に居らむと欲す」と告げたため、皇后はこれを聞いて稚日女尊を生田の地に祀ったと伝えられる。これが生田神社(いくたじんじゃ)の創建譚であり、「神戸(こうべ)」の地名は神社に仕えた神戸(かんべ)の民に由来するとされる。
物語の中核場面は三つで構成される——(一)神功皇后の三韓親征からの帰路、(二)敏馬沖での進船停止と神託、(三)稚日女尊の生田鎮祭と神戸地名の成立。稚日女尊は天照大神の幼名、または妹神とも、織女神とも伝えられる女神で、機織りと食物の女神としての性格を兼ねる。生田神社は摂津国八社の一に数えられ、現代まで神戸の総鎮守として位置づけられる。
中心比定地は兵庫県神戸市中央区下山手通の生田神社。神戸の市街地中心に位置し、三宮・元町からほど近い。摂津国の長田神社(神戸市長田区)、湊川神社(神戸市中央区、楠木正成を祀る)、廣田神社(西宮市)と神功皇后関連伝承圏を共有する。鎮座地一帯は古代から「神戸(かんべ)」の地として神社領を成し、現代の神戸市の地名起源となっている。
『日本書紀』神功皇后摂政元年条の三韓親征帰路の段に文献的基礎が見える。『延喜式』神名帳「摂津国 八部郡 生田神社 名神大」に古代社格を示す。中世『生田神社略記』、近世地誌『摂津名所図会』(寛政八〜十年・1796〜1798 年刊)が伝承を整える。生田神社社伝、神戸市・兵庫県の文化財解説資料も基礎参照とされる。
寺社縁起・社寺由緒資料 生田稚日女伝承
一次文献寺社縁起・社寺由緒資料 生田稚日女伝承に基づく生田稚日女伝承の代表的な典拠整理。
日本伝説大系
二次資料日本伝説大系などを参照した生田稚日女伝承の地域的受容と異伝の補助確認。
あなたの縁
読了した由緒を起点に、あなた自身の繋がりをひらきます。
名称や説話、図像、儀礼に重なる具体モチーフです。