
伝承
吉備津温羅伝承は、岡山県岡山市北区を入口にたどる伝承。岡山県岡山市北区を代表地点として、退治・鎮魂の文脈で語り継がれる物語を整理する
吉備津温羅伝承は、吉備国(現在の岡山県)の鬼神・温羅(うら、おんら)を、孝霊天皇の皇子・吉備津彦命(きびつひこのみこと、大吉備津日子命)が退治したとする退治・鎮魂譚である。温羅は百済の王子と伝えられ、吉備国の鬼ノ城(きのじょう)に拠点を構えて住民を苦しめた。崇神朝の頃、四道将軍の一人として派遣された吉備津彦命は、温羅と弓矢の射合いを行い、互いの矢が空中で噛み合うほどの激戦の末に温羅を討ち取ったとされる。討たれた温羅の首は晒されたが鳴き止まず、命の夢に現れて自らを吉備津神社の竈(かまど)の下に埋めるよう乞い、以後その竈で米を炊く音の高低によって吉凶を占う「鳴釜(なるかま)の神事」が始まったと伝えられる。
物語は三段で構成される——(一)渡来鬼神・温羅の鬼ノ城拠点化と住民の苦しみ、(二)吉備津彦命との弓矢の射合いと退治、(三)首の祟りと鳴釜神事による鎮魂。桃太郎譚(ももたろう)の原型とされ、吉備津彦命を桃太郎、温羅を鬼、犬・猿・雉を従えた家臣に擬する近代の昔話化が知られる。鬼退治と鎮魂の二段構造は御霊信仰の典型である。
中心比定地は岡山県岡山市北区吉備津の吉備津神社(きびつじんじゃ、備中国一宮)と、近隣の岡山市北区一宮の吉備津彦神社(備前国一宮)。温羅の拠点と伝わる鬼ノ城(総社市奥坂)は古代山城跡で、現在は国指定史跡として整備される。鳴釜神事は吉備津神社御釜殿で現在も執行され、上田秋成『雨月物語』(安永五年・1776 年刊)「吉備津の釜」の舞台となった。
『日本書紀』崇神紀の四道将軍派遣段、『古事記』中巻孝霊天皇段の大吉備津日子命の段、『古事記』孝霊天皇皇子神話に文献的基礎が見える。中世の『吉備津宮縁起』『備中国総社神社縁起』、上田秋成『雨月物語』が伝承の文芸的継承を示す。吉備津神社・吉備津彦神社の社伝、岡山県・岡山市の文化財解説資料、鬼ノ城遺跡の史跡解説資料も基礎参照とされる。
怪談・怪異伝承資料 吉備津温羅伝承
一次文献怪談・怪異伝承資料 吉備津温羅伝承に基づく吉備津温羅伝承の代表的な典拠整理。
日本怪異妖怪事典
二次資料日本怪異妖怪事典などを参照した吉備津温羅伝承の地域的受容と異伝の補助確認。
あなたの縁
読了した由緒を起点に、あなた自身の繋がりをひらきます。
名称や説話、図像、儀礼に重なる具体モチーフです。