
伝承
京都府の以津真天伝承は京都府を主な舞台として整理する伝承。以津真天との関係を持ち、一覧や地図で出典、土地、怪異を結ぶ入口になる。
以津真天(いつまで)伝承は、『太平記(たいへいき)』巻十二「広有怪鳥を射る事」に記される、京の紫宸殿(ししんでん)上空に出現した怪鳥の物語である。建武元年(1334 年)秋、京都御所の上空に大きな怪鳥が現れ「いつまで、いつまで」と鳴き続け、人々を畏怖させた。後醍醐天皇は弓の名手・隠岐次郎左衛門広有(おきのじろうざえもんひろあり)に怪鳥退治を命じ、広有は二の矢にて怪鳥を射落とした、と伝えられる。鳥山石燕『今昔画図続百鬼』には人面・蛇身・有翼の怪異として描かれ、戦乱と疫病の死者を弔わぬ罪を告発する「いつまで放置するか」の問いを擬人化した妖怪として位置づく。
物語は三段で展開する——(一)紫宸殿上空への怪鳥の出現と「いつまで」の鳴き声、(二)後醍醐天皇による広有への射落の命、(三)二の矢による退治。鳥山石燕によりさらに「死者の怨念の擬人化」として再造形され、社会批判の妖怪として後世の妖怪文化に影響を与えた。京の輪入道(わにゅうどう)と並ぶ京の妖怪の双璧を成す。
舞台は京都府京都市上京区の京都御所・紫宸殿。広有の射落の地は紫宸殿の南庭と伝わり、後醍醐天皇親政期(建武の新政)の象徴的事件として『太平記』に記録される。京の妖怪伝承圏では、輪入道の伝承地である上京区一帯と接続し、京の中世怪異圏を形成する。
『太平記』巻十二「広有怪鳥を射る事」(南北朝期成立、十四世紀後半)。鳥山石燕『今昔画図続百鬼』(安永八年・1779 年)所収「以津真天」。京都府教育委員会編『京都府史』、近世の絵巻『怪奇鳥獣図巻』。
国際日本文化研究センター 怪異・妖怪伝承データベース
一次文献国際日本文化研究センター
京都府の以津真天伝承に関わる怪異・伝承資料の参照入口。
https://www.nichibun.ac.jp/YoukaiDB3/日本妖怪大事典
二次資料村上健司 編著
村上健司編著『日本妖怪大事典』(角川書店、2005年)など、地域の怪異伝承を整理する二次資料。