
伝承
羅生門の鬼は、典拠と代表地点を確認した公開項目として整理する伝承。都の門に現れる鬼と武者の対峙を、鬼退治譚としてたどるための入口になる。
羅生門の鬼(らしょうもんのおに)は、平安京の南端に位置する羅生門(らしょうもん、正しくは羅城門)に棲む鬼を、源頼光(みなもとのよりみつ)の四天王・渡辺綱(わたなべのつな)が斬る中世の鬼退治譚である。頼光のもとで武勇を競う四天王が「羅生門に鬼が出るかどうか」を賭けて争ったとき、綱が一人で羅生門に赴くことを引き受ける。雨降る夜、綱が門の前で身を伏せていると、背後から伸びた巨大な腕に兜の鉢を掴まれる。綱は名刀・髭切(ひげきり)で一閃し、鬼の腕を切り落とす。後日、養母に化けて綱の屋敷を訪れた鬼は、封印されていた自分の腕を奪い返し、空高く舞い上がって北山方面へ逃げ去る。
物語は三段で構成される——(一)羅生門での挑戦と賭け、(二)一夜の遭遇と腕の斬落、(三)養母擬態による奪還と退去。茨木童子の腕譚(一条戻橋)と密接に重なる類縁伝承で、御伽草子『羅生門』では同一の鬼が二度現れる構成が採用される。羅生門は外側へ向かう京の境界門で、その境界性が鬼出現の物語装置として機能する。武勇・賭け・名刀・親族擬態という四要素が、頼光四天王譚を構成する基本モチーフとして繰り返される。
比定地は京都市南区九条町の羅城門跡(らじょうもんあと、現在は児童公園内に石碑のみ)。羅城門は弘仁九年(818 年)に大風で倒壊、天元三年(980 年)の再建後も倒壊して以後再建されず、平安京衰退の象徴的地点となった。鬼の腕が逃げ込んだ先と伝わるのが京都市北区の北山一帯。綱の刀・髭切は北野天満宮(京都市上京区)所蔵「鬼切丸」と同一視され、重要文化財に指定される。
御伽草子『羅生門』(室町期成立、寛文六年・1666 年刊『御伽文庫』所収)、能『羅生門』(観世小次郎信光作、室町後期)、『平家物語』剣の巻。芥川龍之介『羅生門』(大正四年・1915 年)は『今昔物語集』巻二十九「羅城門登上層見死人盗人語」を直接の典拠とし、別系統の物語だが鬼退治伝承と並ぶ羅生門文学の代表となった。北野天満宮社宝由緒、京都市教育委員会の地域資料も参照される。
御伽草子 羅生門
一次文献御伽草子 羅生門に見える羅生門の鬼の代表的な典拠。
御伽草子
一次文献羅生門の鬼の本文、章節、代表的な筋を確認する一次文献・伝承本文。
日本伝説大系
二次資料日本伝説大系など、羅生門の鬼の伝承差や地域的受容を整理する二次資料。
羅生門の鬼 伝承差整理資料
二次資料羅生門の鬼の地域差、受容、代表地点を整理するための二次資料。
名称や説話、図像、儀礼に重なる具体モチーフです。