
寺院
永保寺は岐阜県多治見市にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
永保寺は岐阜県多治見市に位置する寺院です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、岐阜県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
永保寺(えいほうじ)は、岐阜県多治見市虎渓山町に所在する臨済宗南禅寺派の寺院。山号は虎渓山。正和二年(1313 年)に夢窓疎石(むそうそせき、一二七五〜一三五一)が開創した美濃の臨済禅刹で、観音堂・開山堂が国宝に指定される鎌倉末期禅宗建築の傑作。
所在は岐阜県多治見市虎渓山町 1-40。土岐川(庄内川上流)の北岸、虎渓山の麓に伽藍が広がる。境内の池泉回遊式庭園は夢窓疎石の作と伝え、国の名勝指定。前面の岩山と池、観音堂が一体となった景観は鎌倉末期山岳禅宗庭園の代表例。
本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。観音堂に聖観世音菩薩を祀る。開山堂に夢窓疎石禅師像を祀る。夢窓疎石は鎌倉末から南北朝期にかけて活躍した臨済宗の禅僧で、後醍醐天皇・足利尊氏・足利直義の帰依を受け、京都の天龍寺・西芳寺・等持院などを開いた。寂室元光(永源寺開山)と並ぶ室町期禅林の代表。
正和二年(1313 年)夢窓疎石の開創。観音堂(水月場、正和三年・1314 年建立)は宋風禅宗様の代表例として国宝、開山堂(永徳三年・1383 年再建)も国宝指定。中世には美濃・尾張の禅林の中心として栄えた。江戸期は尾張藩・苗木藩の庇護を受けたが、火災と再建を繰り返した。本堂は近代の再建だが、観音堂と開山堂は鎌倉末・南北朝期の遺構を伝える。
4 月の降誕会、11 月の紅葉祭、夢窓疎石禅師の祥月命日に近い秋の開山忌が継承される。紅葉期の庭園公開は東濃地方の秋の風物詩。
永保寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
永保寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
虎渓山永保寺 公式サイト
機関資料永保寺(岐阜県多治見市・虎渓山)の御本尊・由緒・所在地に関する公式情報。
https://kokeizan.or.jp/永保寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
永保寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q3049365 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E4%BF%9D%E5%AF%BA