
寺院
観自在王院跡は岩手県平泉町にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
観自在王院跡は岩手県平泉町に位置する寺院です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、岩手県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
観自在王院跡(かんじざいおういんあと)は、岩手県西磐井郡平泉町平泉志羅山に所在する寺院跡。藤原基衡(ふじわらの もとひら、? -1157)の妻が建立した平泉藤原氏の浄土庭園遺構で、毛越寺(もうつうじ)の東隣に位置する。世界遺産「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」(平成二十三年・2011 年登録)の構成資産。
所在は岩手県西磐井郡平泉町平泉志羅山。平泉中心部、衣川(ころもがわ)の南岸に位置し、毛越寺の東に隣接する。寺域は東西約 240m・南北約 210m を占め、中心に舞鶴ヶ池(まいづるがいけ)を持つ平安後期の浄土式庭園が遺構として保存される。中尊寺・無量光院跡・柳之御所遺跡と並んで平泉の中世景観の中核を構成する。
本尊は阿弥陀如来。寺伝では大阿弥陀堂と小阿弥陀堂の二堂に阿弥陀三尊像が安置されていたと伝えられる。藤原基衡の妻が極楽浄土を地上に現したいとの願いから建立したと『吾妻鏡』文治五年九月条に記され、阿弥陀如来による浄土往生信仰を中心とする。隣接する毛越寺本尊薬師如来と祭祀構成を補完し合う。
保元二年(1157 年)の藤原基衡没後、その妻が夫の冥福を祈り建立したと『吾妻鏡』に伝える。建武四年(1337 年)の野火で焼失し以後再建されず、廃絶した。発掘調査は昭和四十八年(1973 年)以降継続的に行われ、舞鶴ヶ池と阿弥陀堂跡の位置が確認された。昭和五十四年(1979 年)に国の特別史跡指定、平成二十三年(2011 年)に世界遺産構成資産に登録された。
現役の祭祀施設ではないが、隣接する毛越寺の延年の舞(重要無形民俗文化財)や春・秋の毛越寺祭礼と連動した文化財公開行事が継続的に行われる。
観自在王院跡 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
観自在王院跡の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
観自在王院跡 毛越寺公式紹介
機関資料世界遺産・平泉 毛越寺による関連史跡 観自在王院跡(岩手県平泉町)の公式紹介。
観自在王院跡 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
観自在王院跡の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q3080218 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E8%87%AA%E5%9C%A8%E7%8E%8B%E9%99%A2%E8%B7%A1