神社
鹿島御児神社は宮城県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、勝運・厄除けの信仰文脈から地図でたどれる。
鹿島御児神社(かしまみこじんじゃ)は、宮城県石巻市日和が丘に鎮座する神社。『延喜式神名帳』陸奥国牡鹿郡「鹿島御児神社」に比定される古社で、社格は旧県社。常陸国一宮鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の御子神を祀る陸奥東部の式内社。
所在は宮城県石巻市日和が丘 2-1-10。石巻港を望む日和山(標高約 60m)の頂上に鎮座する。社地からは石巻湾と北上川(きたかみがわ)河口を一望し、太平洋沿岸の海上交通の祭祀景観の中核を成す。日和山は近世以降「奥の細道」松尾芭蕉も訪れた東北の景勝地として知られ、近隣の石巻港・北上川河口域と共に陸奥東部の歴史的景観を構成する。
主祭神は武甕槌命(たけみかづちのみこと)、鹿島天足別命(かしまあまたるわけのみこと)を祀る。『古事記』上巻 葦原中国平定段に大国主神に国譲りを迫った武神として武甕槌命が記される。鹿島天足別命は武甕槌命の御子神で、鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の御子神として陸奥に展開した鹿島信仰の中核祭祀構成を継承する。福島県南相馬市の鹿島御子神社と同様の祭祀構成を持つ陸奥の鹿島御子神社系の一つ。
社伝では神武天皇の御代の創建と伝える。『延喜式神名帳』陸奥国牡鹿郡所載の式内社の一つで、平安期から陸奥東部の鎮守として崇敬を集めた。延暦年間の坂上田村麻呂(さかのうえの たむらまろ、758-811)東北征討との縁起を持ち、中世以降は葛西氏・伊達氏領内で郷社的位置を保持した。江戸期は仙台藩伊達氏領内の郷社、明治四年(1871 年)に郷社、後に県社に列せられた。平成二十三年(2011 年)の東日本大震災では日和山高台の社地は津波被害を免れた。
8 月の例大祭が地域祭祀の中心。石巻港の海上守護の祭礼として継承され、近隣の港湾関係者の崇敬を集める。
鹿島御児神社 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
鹿島御児神社の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
鹿島御児神社 公式サイト
機関資料鹿島御児神社(宮城県石巻市日和が丘)の御祭神・由緒・所在地に関する公式情報。
http://kashimamiko.org/鹿島御児神社 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
鹿島御児神社の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q17223553 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E5%B3%B6%E5%BE%A1%E5%85%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE