
神社
久能山と東照宮信仰を、山上の社殿と駿河湾の景観から整理する。
久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)は、静岡県静岡市駿河区根古屋に鎮座する神社。元和二年(1616 年)の徳川家康の死後、駿府で薨去した家康の遺骸が当地に埋葬されたのを起源とし、日光東照宮と並ぶ東照宮信仰の中核を成す近世大社。社格は旧別格官幣社、現在は別表神社。
所在は静岡県静岡市駿河区根古屋 390。駿河湾に面する久能山(標高 216 メートル)の山頂に立ち、急峻な石段千百五十九段を登って参詣する独特の地理を持つ。山頂からは駿河湾と伊豆半島・遠州灘を一望する。家康の生前から駿府城・三保松原と並ぶ駿河の重要拠点で、戦国期には武田信玄が駿河侵攻の際に久能山城を築いた要害の地でもある。麓の日本平から山頂への久能山ロープウェイが現代の参詣手段として整備されている。
主祭神は徳川家康(東照大権現、とうしょうだいごんげん、第一代征夷大将軍、1543-1616 年)。配祀に豊臣秀吉・織田信長を祀る。家康は元和二年(1616 年)4 月 17 日に駿府城で薨去、遺言により当地に埋葬され「東照大権現」の神号を朝廷から賜った。一年後の元和三年(1617 年)に日光に改葬されたとされるが、徳川宗家には「家康の遺骸は当地に永眠している」とする伝承もあり、現在も山頂の神廟が御真廟として祀られる。江戸期には全国に約五百社の東照宮が勧請され、久能山と日光が東照宮信仰の二大本宮として位置づけられた。
元和二年(1616 年)4 月 17 日、徳川家康が駿府城で薨去。遺言により遺骸は当地に埋葬され、神号「東照大権現」を朝廷から賜った。元和三年(1617 年)二代将軍秀忠が現本殿(権現造、ごんげんづくり)を造営、社殿群を整備した。慶安三年(1650 年)三代家光の代に神廟が現在の形に整備された。本殿・石の間・拝殿の権現造、唐門・廟門・神廟(家康御真廟)など 13 棟は江戸初期の代表的建築として平成二十二年(2010 年)に国宝・国指定重要文化財に指定された。明治の神仏分離で東照大権現は徳川家康公として神道神に再定義され、別格官幣社に列せられた。
4 月 17 日の例大祭(家康忌日、家康公祭)、12 月 26 日の昇神祭(家康公薨去翌日にあたる)、1 月 1 日の歳旦祭が中心。同じ東照宮信仰の中軸である日光東照宮(栃木県日光市)と並ぶ大祭礼として、徳川宗家・松平家・歴代大名家の縁者の参詣が現在も継承される。
久能山東照宮 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
久能山東照宮の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
久能山東照宮 公式・公的由緒資料
機関資料久能山東照宮の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
久能山東照宮 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
久能山東照宮の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q712162 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E8%83%BD%E5%B1%B1%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE久能山東照宮 地域資料・百科資料
二次資料久能山東照宮の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。