
神仏習合
江戸幕府初代将軍。没後に天海大僧正の山王一実神道により東照大権現として神格化され、日光東照宮・久能山東照宮ほか各地の東照宮で祀られる。
30秒でわかる
徳川家康は江戸幕府初代将軍。没後に山王一実神道の手続きで東照大権現として神格化され、日光東照宮・久能山東照宮ほか全国の東照宮で武家守護神・出世開運の神として祀られる。
徳川家康(とくがわいえやす、1543-1616)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・政治家で、江戸幕府初代将軍。慶長八年(1603年)に征夷大将軍に就任して江戸幕府を開き、関ヶ原の戦い(1600年)・大坂の陣(1614-15年)を経て天下統一を完成させた。元和二年(1616年)の薨去後、遺言により駿河の久能山に葬られたのち、慶長期に親交を持った天海大僧正の山王一実神道の手続きで「東照大権現」として神格化され、元和三年(1617年)に日光山に改葬された。これにより各地の東照宮で武家・地域の守護神として祀られる。
公式記録としては徳川幕府による『徳川実紀(東照宮御実紀)』(19世紀前半成立)、『創業記』『落穂集』『三河物語』など同時代・近世の編纂物に詳細が記される。神格化の経緯は天海『東照大権現縁起』、林羅山の漢文奏議、『日光山志』などに記述される。明治期以降は『大日本史料』『徳川諸家系譜』など史学的な編纂で参照される。一次史料としては徳川家康自身の朱印状・書状が広範に残り、武家文書群として国宝・重要文化財に指定されているものが多い。
父は松平広忠、母は於大の方(水野忠政の娘)。三河松平氏の出で、幼名は竹千代、改名を経て松平元康、徳川家康と名乗る。正室は築山殿(瀬名姫)・朝日姫、側室多数。嫡男は信康(後に切腹)、二男・秀康(結城家へ)、三男・秀忠(二代将軍)、九男・義直(尾張徳川家祖)、十男・頼宣(紀州徳川家祖)、十一男・頼房(水戸徳川家祖)など子孫は徳川御三家・御三卿として近世日本の政治を支配した。
中心となる祭祀地は日光東照宮(栃木県日光市、墓所・元和三年改葬地)と久能山東照宮(静岡市駿河区、薨去直後の遺体安置地)の二宮。両宮は江戸期に幕府の格別の崇敬を受け、本殿・拝殿は国宝に指定される。紀州東照宮(和歌山市)・尾張東照宮(名古屋市)・芝東照宮(東京都港区、上野東照宮の前身)・上野東照宮(東京都台東区)・仙波東照宮(埼玉県川越市)など全国に約500社の東照宮が分布した(明治の神仏分離・廃藩置県を経て現存は130社余)。武運・出世開運・家内安全の祈願対象として今日も信仰される。
日光東照宮 公式サイト 御祭神・由緒
機関資料日光東照宮
日光東照宮公式サイトによる徳川家康の生涯・東照大権現としての神格化過程・例大祭などの祭祀展開に関する公式説明。
https://www.toshogu.jp/about/徳川家康 - Wikipedia 日本語版
Wikipedia contributors
徳川家康の生涯・政治業績・東照大権現としての神格化と東照宮信仰の展開に関する二次整理。