
神社
宮地嶽神社は、福岡県福津市を入口にたどる聖地・社寺。海へ向かう参道と古墳の記憶を、神社境内と地域史から整理する。
宮地嶽神社(みやじだけじんじゃ)は、福岡県福津市宮司元町に鎮座する神社。神功皇后伝承と古墳時代の祭祀遺跡を背景とする筑前北部の古社で、毎年 2 月・10 月の年二回、参道の先に夕日が一直線に沈む「光の道」の景観で全国的に知られる。
所在は福岡県福津市宮司元町 7-1。福岡県北部、玄界灘に面する宮地嶽山(標高 178m)の中腹に鎮座する。参道は山頂方向から海へ向かって西に一直線に伸び、毎年 2 月・10 月の二週間は参道延長線上の相島(あいのしま)方向に夕日が沈む天体配置で知られる。境内奥には国指定史跡の宮地嶽古墳(六世紀末〜七世紀初、横穴式石室の規模は全国二位)がある。
主祭神は神功皇后(じんぐうこうごう、息長足比売命・おきながたらしひめのみこと)。配祀に勝村大神・勝頼大神(かつむらおおかみ・かつよりおおかみ、地元伝承の地祇神)を祀り、三柱で「宮地嶽三柱大神」と称する。『日本書紀』神功皇后摂政前紀の三韓征伐譚を背景に、神功皇后が新羅遠征前に当地で祈祷したと伝わる。同じ神功皇后系では香椎宮(福岡市)、住吉大社(大阪府)と神話的に結びつく。境内奥の宮地嶽古墳の被葬者は古代豪族・宗像氏の有力者と推定される。
社伝では神功皇后摂政元年(201 年と伝える)の創祀。境内奥の宮地嶽古墳は六世紀末〜七世紀初の築造で、横穴式石室から出土した金銅装頭椎大刀(こんどうそうかぶつちのたち)・金銅製馬具・ガラス玉等の副葬品は国宝指定。中世には宗像大社の支配下、近世は黒田藩の崇敬を受けた。明治の社格制度では県社、現代は西日本随一の参詣者数を誇る神社の一つ。国指定文化財データベースには国宝として宮地嶽古墳出土品を登録。
1 月 1-3 日の歳旦祭、9 月 21-23 日の秋季大祭が主要祭礼。「光の道」観覧の 2 月下旬・10 月下旬は全国から参拝者・カメラマンが集まる。
宮地嶽神社 公式・公的由緒資料
機関資料宮地嶽神社の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
宮地嶽神社 地域資料・百科資料
二次資料宮地嶽神社の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。