
記紀神話
『古事記』中巻・『日本書紀』に仲哀天皇の皇后として記される神格。三韓征伐伝承の中心人物で、八幡三神として応神天皇とともに祀られる。
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神功皇后は古事記・日本書紀に仲哀天皇の皇后として記され、応神天皇の母にあたる女性神格。三韓征伐伝承の中心であり、八幡三神として宇佐神宮・住吉大社・鶴岡八幡宮ほか全国の八幡宮・住吉系神社で祀られる。
神功皇后(じんぐうこうごう、息長帯比売命・気長足姫尊)は、『古事記』中巻・『日本書紀』に仲哀天皇の皇后・応神天皇の母として記される女性神格。三韓征伐の伝承で知られ、武運・安産・子育ての守護神として広く信仰される。中世以降の八幡信仰のなかで八幡三神(応神天皇・神功皇后・比売大神)の一柱として全国の八幡宮で祀られる。
『古事記』中巻 仲哀天皇段では、住吉三神の神託に従わなかった仲哀天皇の急逝後、住吉大神の託宣により懐妊のまま新羅征討に赴き、帰還後に筑紫で応神天皇を生んだと記される。『日本書紀』神功皇后摂政紀では同伝承がより詳細に記され、忍熊王の謀反を退けて応神を擁立する経緯、摂政在位69年など、皇統の母として位置づけられる。『日本書紀』神代下や住吉大社・宇佐神宮の由緒書にも、住吉三神の荒魂を祀る縁起として彼女の名が現れる。
父は気長宿禰王(息長宿禰王)、母は葛城高顙媛。夫は仲哀天皇、子は応神天皇(誉田別命)。武内宿禰が遠征から皇位継承まで補佐したと『古事記』『日本書紀』に繰り返し記される。妹神として与止日女命(よどひめのみこと)が伝えられ、佐賀の與止日女神社の祭神とされる。皇統譜上は仲哀天皇から応神天皇への中継として、母后が摂政となり実質的に皇位を保つ稀有な存在として描かれる。
中心となる祭祀地は宇佐神宮(大分県宇佐市)で、八幡三神の一柱として応神天皇・比売大神とともに祀られる。住吉大社(大阪市住吉区)では住吉三神とともに第四本宮の主祭神とされ、長門住吉神社(山口県下関市)でも住吉三神の荒魂とともに祀られる。気比神宮(福井県敦賀市)・鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)・筥崎宮(福岡市東区)・宮地嶽神社(福岡県福津市)など、八幡宮系・住吉系の主要社で奉祀され、武運・安産・子育て・海上交通の祈願対象として信仰を集める。
古事記 中巻 仲哀天皇段(神功皇后)
一次文献太安万侶(撰)/武田祐吉 校訂
太安万侶撰『古事記』中巻、仲哀天皇段に神功皇后の三韓征伐・応神天皇出生・摂政期に関する記述が含まれる。武田祐吉校訂版(青空文庫)。
https://www.aozora.gr.jp/cards/001518/card51732.html神功皇后 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
神功皇后(息長帯比売命)の系譜・三韓征伐伝承・八幡三神としての祭祀展開に関する二次整理。