
寺院
毛越寺は岩手県平泉町にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
毛越寺は岩手県平泉町に位置する寺院です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、岩手県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
毛越寺(もうつうじ)は、岩手県西磐井郡平泉町平泉に所在する天台宗の寺院。山号は医王山。本尊は薬師如来。「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」の構成資産としてユネスコ世界遺産に登録される平安後期の浄土庭園を擁する古刹。
所在は岩手県西磐井郡平泉町平泉字大沢 58。北上川右岸、衣川と北上川の合流点に近い平泉地区に鎮座する。境内地は国指定特別史跡・特別名勝の浄土庭園で、大泉が池を中心に金堂円隆寺跡・嘉祥寺跡・常行堂・南大門跡が遺存する。近隣の中尊寺・無量光院跡・観自在王院跡と共に平安末期の奥州藤原氏による平泉仏国土景観の中核を成す。
本尊は薬師如来。常行堂の本尊として摩多羅神(またらじん)を祀る。寺伝では嘉祥三年(850 年)に円仁(えんにん、慈覚大師、794-864)が開山し、本尊薬師如来を彫像奉安したのを起源と伝える。摩多羅神は天台宗常行三昧の守護神で、当寺独特の延年舞奉納の本尊神格として位置づけられる。近隣の中尊寺と共に円仁開山の系譜を共有する。
寺伝では嘉祥三年(850 年)に円仁が開山したのを起源と伝える。康平年間(1058-1065)以降、奥州藤原氏二代基衡・三代秀衡が大伽藍を建立し、藤原時代の浄土庭園の到達点として完成した。文治五年(1189 年)の源頼朝による奥州征伐で藤原氏は滅亡し、その後の度重なる火災で堂塔は失われたが、浄土庭園の遺構は国指定特別史跡・特別名勝として保存され、平成二十三年(2011 年)にユネスコ世界遺産に登録された。本堂は平成元年(1989 年)の再建。
1 月 20 日の常行堂二十日夜祭(はつかやさい)「延年の舞」が中心。重要無形民俗文化財として中世法会の延年舞を現代まで継承する。5 月のあやめ祭、9 月の萩祭が浄土庭園の景観祭祀として継承される。
毛越寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
毛越寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
天台宗 別格本山 毛越寺 公式サイト
機関資料岩手県西磐井郡平泉町 天台宗別格本山 毛越寺の宗旨・寺格・嘉祥三年(850年)円仁(慈覚大師)開山伝承・藤原基衡(二代)による伽藍造営と秀衡(三代)による完成・特別史跡及び特別名勝(浄土庭園)の二重指定・ユネスコ世界遺産「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」構成資産としての登録・延年の舞(国指定重要無形民俗文化財)等の年中行事に関する公式由緒。
毛越寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
毛越寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q975227 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%B6%8A%E5%AF%BA