神社
吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)は、岡山県岡山市北区一宮にある神社。備前国一宮。旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。 近年、別称を「朝日の宮(あさひのみや)」と称す。
吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)は、岡山県岡山市北区一宮に鎮座する神社。備前国一宮。旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。近年は別称を「朝日の宮(あさひのみや)」とも称す。吉備津彦命を祀る古社で、近隣の吉備津神社(同岡山市北区吉備津、備中国一宮)と一対をなす。
所在は岡山県岡山市北区一宮 1043。備前国津高郡(つだかぐん)、吉備中山(きびのなかやま、標高 175 m)の東麓に鎮座する。吉備中山は古来の神奈備で、山頂近くには大吉備津彦命の墓と伝えられる中山茶臼山古墳(宮内庁治定陵墓)が所在する。山を挟んで西麓に備中国一宮の吉備津神社が鎮座し、両社は吉備中山を共通の神奈備として崇敬する。
主祭神は大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)。『日本書紀』崇神天皇十年(西暦前 88 年に比定)九月条に四道将軍の一として西道(さいどう、山陽道)に派遣された彦五十狭芹彦命(ひこいさせりひこのみこと)として登場し、後に吉備の地を平定した神格と伝えられる。『古事記』孝霊天皇段では大吉備津日子命と表記される。配祀の御父神孝霊天皇、御后吉備穴戸武媛命(きびのあなとたけひめのみこと)他を祀る。吉備津神社(備中国一宮)と祭神を共有し、桃太郎伝説の原型と伝えられる温羅(うら)退治説話を担う。
社伝では大吉備津彦命の住居跡に創建されたと伝えられる。備前国・備中国・備後国の三国分割(和銅六年・713 年)後に備前国側の一宮として独立し、備中国一宮の吉備津神社と並立した。文献初出は中世以降の地誌で、近世には備前藩池田家の崇敬を受けた。明治期に国幣小社、現在は別表神社。
8 月 2 日・3 日の御斗代神事(みとしろしんじ)夏季大祭、10 月 18 日の例大祭が中心。御斗代神事は吉備中山を神奈備とする古代祭祀の継承神事として伝えられる。
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