
神社
菅生石部神社は石川県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、道開き・健康の信仰文脈から地図でたどれる。
菅生石部神社(すごういそべじんじゃ)は、石川県加賀市大聖寺敷地に鎮座する神社。加賀国江沼郡の式内社(名神大社)で、加賀国二宮に位置づけられる古社。社格は旧国幣小社。
所在は石川県加賀市大聖寺敷地ル 乙 81-4。加賀市中心部、大聖寺川沿いの平地に鎮座する。社地は古代加賀国府域に近接し、近隣には加賀国一宮の白山比咩神社(白山市三宮町)と共に加賀国の祭祀景観の中核を成す。大聖寺城下町の北辺に鎮座し、北陸街道沿いの祭祀拠点として継承された。
主祭神は菅生石部神(すごういそべのかみ)。一説に天津日高彦穂瓊瓊杵尊(あまつひだかひこほのににぎのみこと)・豊玉毘売命(とよたまびめのみこと)・鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)の三神とも、地名「敷地(しきじ)」に基づく石部神信仰とも伝える。式内社「菅生石部神社」の祭神比定には諸説があり、地名と祭神名の関係から古代加賀国の在地神格を継承する社と位置づけられる。
社伝では用明天皇元年(585 年)の創建と伝える。延喜式神名帳(延長五年・927 年撰)の加賀国江沼郡条に「菅生石部神社」と記載される式内名神大社で、平安期にはすでに官社の最高格を得ていた。中世以降は加賀国二宮として崇敬され、大聖寺城主・加賀藩前田氏の崇敬を受けた。近世は大聖寺藩の総鎮守として継承され、明治期に国幣小社に列せられた。
2 月の竹割(たけわり)祭が著名で、雪解け間近の境内で青竹を割る勇壮な神事として知られる。
菅生石部神社 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
菅生石部神社の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
菅生石部神社 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
菅生石部神社の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q11619342 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%85%E7%94%9F%E7%9F%B3%E9%83%A8%E7%A5%9E%E7%A4%BE