上野東照宮の写真

神社

上野東照宮

公開検証済みうえのとうしょうぐう

上野東照宮は東京都上野公園にある神社。名称、所在地、由緒を分け、道開き・健康の信仰文脈から地図でたどれる。

概要

上野東照宮(うえのとうしょうぐう)は、東京都台東区上野公園に鎮座する神社。徳川家康(東照大権現)を主祭神とし、徳川家光・徳川吉宗を配祀する。社格は旧府社。社殿は寛永の遺構として国重要文化財に指定される、関東を代表する東照宮の一。

鎮座地

所在は東京都台東区上野公園 9-88。上野公園の南西部、寛永寺旧境内地の一角に鎮座する。江戸期は寛永寺の塔頭・諸堂と一体の祭祀景観を成し、現在も国立科学博物館・上野動物園・東京国立博物館などの文化施設に囲まれ、江戸の文化集積と祭祀の中軸地に位置する。社頭の唐門・透塀・社殿は壮麗な金箔装飾で知られる。

祀られる神格

主祭神は東照大権現(とうしょうだいごんげん、徳川家康、1543-1616)。配祀に徳川家光(三代将軍、1604-1651)・徳川吉宗(八代将軍、1684-1751)を祀る。徳川家康は日光東照宮(栃木県)を本社とする全国東照宮信仰の中軸で、神格化により国家鎮護の神とされた。本地仏は薬師如来とされ、神仏習合下では江戸の鎮護神格として位置づけられた。関連社の日光東照宮、芝東照宮(東京都港区)、久能山東照宮(静岡県)と共に徳川祭祀のラインを構成する。

沿革

寛永 4 年(1627 年)に藤堂高虎が津藩上野屋敷内に家康・天海僧正・藤堂高虎の三柱を祀る東照社を建立したのが起源。寛永寺の創建(寛永 2 年、天海による)と一体で整備され、徳川幕府の江戸鎮護の祭祀拠点となった。慶安 4 年(1651 年)に徳川家光により現在の社殿が造営され、現存する社殿(本殿・幣殿・拝殿の権現造、唐門、透塀)はこの寛永の遺構。明治の神仏分離で寛永寺と分離、独立した神社となり、現代まで江戸期の社殿を保つ希少な事例。

主要祭礼

4 月 17 日の春季例大祭(家康の祥月命日)、9 月の秋季大祭が中心。境内のぼたん苑(冬・春の二季開園)も上野東照宮の文化行事として広く知られる。

出典

  • 上野東照宮 由緒・所在地資料

    機関資料

    各社寺・公的機関

    上野東照宮の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。

  • 上野東照宮 公式サイト

    機関資料

    東京都台東区上野公園 上野東照宮の御祭神(徳川家康公・徳川吉宗公・徳川慶喜公)・寛永四年(1627年)津藩主藤堂高虎による創建伝承・現社殿(金色殿)が慶安四年(1651年)三代将軍家光による造替であり国指定重要文化財であることを含む公式由緒。

    https://www.uenotoshogu.com/
  • 上野東照宮 - Wikipedia 日本語版

    二次資料

    Wikipedia contributors

    上野東照宮の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q708550 と日本語版 Wikipedia を参照。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E9%87%8E%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE

出典

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