
伝承
鹿島要石伝承は、茨城県鹿嶋市を入口にたどる伝承。茨城県鹿嶋市を代表地点として、寺社縁起・地名由来の文脈で語り継がれる物語を整理する
鹿島要石伝承(かしまかなめいしでんしょう)は、常陸国(現在の茨城県)鹿島神宮(かしまじんぐう)の境内に鎮まる「要石(かなめいし)」をめぐる地震鎮めの伝承である。要石は地中深くに延びる巨大な石の頭部のみが地表に露出し、その下に大鯰(おおなまず)を押さえ込んでいるとされる。鹿島神宮の主祭神・建御雷神(たけみかづちのかみ)は『古事記』上巻葦原中国平定段で大国主神に国譲りを迫った武神で、その武力をもって大鯰の頭を押さえ、地震を鎮めるとされる。江戸期の地震信仰では「鹿島の神が留守の月(旧暦十月)には大鯰が暴れて地震が起きる」とする俗信が広く流布し、安政江戸地震(安政二年・1855 年)の後には大量の「鯰絵(なまずえ)」が刷られて鯰と要石を題材とする民間信仰が爆発的に拡張した。
伝承は三段で構成される——(一)建御雷神の武神性と国譲り神話(鹿島神宮主祭神の起源)、(二)要石と大鯰という「押さえる/暴れる」の対構造、(三)江戸期の地震信仰と鯰絵による近世民間信仰への展開。地震という自然災害を、神話的英雄神と巨大鯰の対立図式で説明する宇宙論的構造を持ち、香取神宮(かとりじんぐう、千葉県香取市)の経津主神(ふつぬしのかみ、こちらも国譲り神話の武神)が並んで地震鎮めを担うとする「鹿島・香取の要石対」の伝承も併走する。
中心比定地は茨城県鹿嶋市宮中(きゅうちゅう)の鹿島神宮、特に奥宮の北方に位置する要石。香取神宮(千葉県香取市香取)の境内にも要石が現存し、両神宮の要石は地下で繋がっているとも伝わる。両神宮は『常陸国風土記』『下総国風土記』以来、東国の中核祭祀地として知られ、奈良時代から朝廷の祈年祭・新嘗祭で重要な位置を占めた。鹿島神宮本殿・楼門・要石は国指定重要文化財(文化庁 国指定文化財等データベース)。
『古事記』上巻 葦原中国平定段(和銅五年・712 年)、『日本書紀』神代下 第九段(養老四年・720 年)、『常陸国風土記』(和銅六年・713 年成立、現存逸文)。中世の鹿島神宮社伝、『鹿島宮社例伝記』。江戸期の地震信仰関連史料としては、安政二年・1855 年の安政江戸地震に伴って大量に出版された鯰絵類(東京大学地震研究所図書室・国立国会図書館所蔵)、武江年表、藤岡屋日記。鹿島神宮社伝、文化庁 国指定文化財等データベース「鹿島神宮本殿」項目を参照する。
寺社縁起・社寺由緒資料 鹿島要石伝承
一次文献寺社縁起・社寺由緒資料 鹿島要石伝承に基づく鹿島要石伝承の代表的な典拠整理。
日本伝説大系
二次資料日本伝説大系などを参照した鹿島要石伝承の地域的受容と異伝の補助確認。
名称や説話、図像、儀礼に重なる具体モチーフです。