
記紀神話
経津主神は記紀神話に位置づける神格。勝運・厄除けの祈願領域から、関係する神社や聖地へたどる入口になる。
経津主神(ふつぬしのかみ)は、『日本書紀』を中心に記される天津神。葦原中国平定(国譲り)で建御雷神とともに出雲に遣わされ、大国主神に国譲りを迫った神格として位置づけられる。物部氏の祖神伝承を持ち、剣の神格としても崇敬される。
『日本書紀』神代下 第九段本書では、葦原中国平定に際して天照大御神と高皇産霊神の議定により、経津主神と武甕槌神(建御雷神)が出雲に派遣され、稲佐の浜で大国主神に国譲りを迫る場面が記される。『古事記』では建御雷神のみが派遣者として描かれ、経津主神の名は現れないが、両書の比較から、経津主神は本来物部氏の伝承に由来する剣神であった可能性が指摘される。
『日本書紀』神代上 第七段一書では、伊邪那岐命が火神 軻遇突智(迦具土神)を斬った際の剣から滴った血が岩に飛び散って生まれた磐裂神(いわさくのかみ)・根裂神の子と記される。建御雷神とともに国譲りの主要神格として一対を成し、後世は物部氏が祖神として崇敬した。
香取神宮(千葉県香取市、下総国一宮)を主たる鎮座社とし、鹿島神宮(茨城県鹿嶋市、建御雷神)とともに東国の祭祀の中核を成す。春日大社(奈良市)にも建御雷神・天児屋命・比売神とともに祀られ、藤原氏の氏神四柱の一として崇敬された。剣の神・武芸上達の神として、近世の武門に広く信仰された。
日本書紀 神代下 国譲り段(経津主神)
一次文献舎人親王ら(撰)
日本書紀神代下に経津主神が国譲り・平定に関わる神として記される。
経津主神 関連社寺由緒資料
機関資料各社寺・公的機関
経津主神の祭祀・信仰上の性格を確認するための由緒資料。
経津主神 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
経津主神の神話と香取神宮に関する二次整理。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E6%B4%A5%E4%B8%BB%E7%A5%9E経津主神 - Wikipedia 日本語版
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経津主神の概要に関する二次整理。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E6%B4%A5%E4%B8%BB%E7%A5%9E