
伝承
宮中に現れた鵺を源頼政が射落としたと語られる平家物語系の怪異退治譚。
鵺退治は、平安末期に源頼政(みなもとのよりまさ、1104–1180)が宮中に現れた怪異 鵺(ぬえ)を弓矢で射落とす物語。仁平年間(1151–1154)、近衛天皇の御代、夜ごとに紫宸殿(ししんでん)の上空に黒雲が立ちこめ、不気味な鳴き声が響いて天皇を悩ます。天皇は夜ごとに発熱し病臥する。祈祷も加持も効果がないため、武勇に優れた源頼政が召されて怪異の退治を命じられる。頼政は郎党の猪早太(いのはやた)を従え、二本の鏑矢を携えて宮中に伺候する。夜半、黒雲とともに怪異が現れた瞬間、頼政は山鳥の尾で作った矢で射落とし、猪早太が地に落ちた怪異にとどめを刺す。退治された怪異は、頭は猿、胴は狸、手足は虎、尾は蛇という合成獣で、その声がトラツグミ(鵺)の鳴き声に似ていたことから鵺と名付けられた。天皇は快癒し、頼政は獅子王(ししおう)の太刀を賜る。
物語は三段で構成される——(一)怪異の出現と天皇の発病、(二)頼政召喚と弓射による退治、(三)正体の判明と褒賞。王権を脅かす怪異と武門の対決という構造は、源頼光の酒呑童子退治、藤原秀郷の大百足退治と並ぶ中世の怪異退治譚の典型を成す。鵺の合成獣的姿は単一の動物を超えた「制御不能なるもの」の象徴であり、宮中の不安定さを可視化する装置として機能する。退治後の鵺の骸を空舟に乗せて川へ流す挿話は、御霊鎮魂の作法を反映する。
舞台は京都御所(京都市上京区)の紫宸殿。怪異が流された地と伝わるのは大阪市都島区の鵺塚(鵺塚橋付近)と京都府京都市東山区の鵺大明神(清水寺近傍)など複数の伝承地が並立する。頼政の郎党 猪早太が住んでいたとされる地名(猪鼻坂など)も京都周辺に残る。獅子王の太刀は東京国立博物館所蔵で、国の重要文化財に指定されている。
『平家物語』巻四「鵼(ぬえ)」段(鎌倉初期成立)、『源平盛衰記』巻十六、『十訓抄』、『古今著聞集』など中世軍記・説話集に並行記事がある。古層には『百錬抄』『玉葉』など貴族の日記類に断片的記述がある。能の『鵺』(世阿弥作)、近世の浮世絵(歌川国芳「源頼政鵺退治」)、歌舞伎の演目で広く流布した。京都国立博物館・東京国立博物館の所蔵資料、京都市内の伝承地の石碑なども継承資料となる。
平家物語 鵺退治段
一次文献作者未詳
平家物語に見える鵺退治譚。
https://dl.ndl.go.jp/鵺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
鵺退治伝承に関する二次整理。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B5%BA