京都御所の写真

史跡

京都御所

公開検証済みきょうとごしょ

京都市上京区の旧皇居。平安京内裏の記憶と鵺退治伝承の舞台に接続する。

概要

京都御所(きょうとごしょ)は、京都府京都市上京区京都御苑内に位置する旧皇居。明治二年(1869 年)の東京奠都まで歴代天皇の住居・即位儀式の場であり、紫宸殿・清涼殿・賢所(かしこどころ)など宮中三殿の原型を伝える聖所。

鎮座地

所在は京都府京都市上京区京都御苑 3。京都御苑(約 92 ヘクタール)の中央北寄りに築地塀で囲まれた東西約 250m・南北約 450m の敷地を占める。現在の御所は内裏址ではなく里内裏の系譜を引き、建武元年(1334 年)以来この地に置かれた。地名「土御門東洞院」は『建武記』『公卿補任』等に頻出する。

祀られる神格

御所内の賢所(温明殿、うんめいでん)には三種の神器の一つ八咫鏡(やたのかがみ)の形代が奉安され、天照大御神を奉斎する内侍所が置かれた。皇祖神たる天照大御神は『古事記』上巻に伊邪那岐神の左目から成った皇統の祖神として記される。清涼殿の石灰壇(いしばいのだん)では天皇が毎朝、伊勢神宮および天神地祇を遥拝する四方拝が行われ、神嘉殿は新嘗祭の場とされた。

沿革

平安京遷都(延暦十三年・794 年)の内裏は現御所の西約 1.7km にあり、度重なる火災で焼亡した。建武元年(1334 年)以来、土御門東洞院殿が正式の皇居(里内裏)となり、織田信長・豊臣秀吉・徳川幕府による造営を経て安政二年(1855 年)に現在の紫宸殿・清涼殿が再建された。明治二年(1869 年)の東京奠都後は皇室用財産として保存され、現在は宮内庁が管理、国民公園京都御苑とともに公開される。

主要祭礼

5 月 15 日の葵祭(賀茂祭、加茂祭)と 10 月 22 日の時代祭は、京都御所建礼門前を起点とする路頭の儀を伴い、京都三大祭に数えられる。葵祭は『日本書紀』欽明紀に起源を持つ古社祭。

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