神社
赤城神社を赤城山信仰と湖畔の参詣地。
赤城神社(あかぎじんじゃ)は、群馬県前橋市富士見町赤城山に鎮座する神社。赤城山信仰の中核で、山頂カルデラ湖の大沼(おの)湖中の小鳥ヶ島に本宮が立つ。主祭神は赤城大明神(赤城大神、大穴牟遅神・豊城入彦命の総称)。社格は旧県社。上野国二宮とも称される。
所在は群馬県前橋市富士見町赤城山 4-2。赤城山(最高峰 黒檜山 1,828 メートル)の山頂カルデラの東部、大沼(おの、標高 1,345 メートル)の湖中に浮かぶ小鳥ヶ島に鎮座する。山麓の三夜沢赤城神社(みよさわあかぎじんじゃ、前橋市三夜沢町)、二宮赤城神社(前橋市二之宮町)と合わせて赤城三社を成す。北関東随一の山岳・湖沼信仰の場で、対岸の日光男体山と並ぶ関東山岳霊場圏を構成する。
主祭神は赤城大明神(赤城大神)で、これは大穴牟遅神(おおなむちのかみ、大国主神)と豊城入彦命(とよきいりひこのみこと、崇神天皇皇子、上毛野国造の祖)の総称とされる。配祀に磐筒男神・磐筒女神。中世以来「赤城山頂の大蛇または龍神」として湖の主と位置づけられ、対岸の日光男体山主の大百足(おおむかで)と中禅寺湖の領地を争った「赤城日光神戦」の伝承で知られる。出雲系の大国主神信仰と関東固有の豊城入彦命氏神信仰が結合した独特の祭祀構造を持つ。
社伝では崇神天皇の御代、皇子豊城入彦命の東国経営にあたり赤城山に祭祀が始まったとする。『延喜式神名帳』(延長五年・927 年)上野国勢多郡条に「赤城神社」と記載され、名神大社・上野国二宮として中世以来格式を保った。中世には「赤城日光神戦」の伝承や赤城修験の影響で天台・真言の修験道場としても発展。江戸期には沼田藩・前橋藩の崇敬を受け、明治の神仏分離で神社化、旧県社に列せられた。本宮は昭和四十五年(1970 年)に小鳥ヶ島に遷座し、湖中神社として現在に至る。
5 月 5 日の例大祭、10 月の秋祭り、1 月の初詣が中心。例大祭では大沼湖上の神事が古来の作法を伝え、対岸の三夜沢赤城神社と連携した山頂・山麓の祭祀構造が現在も機能する。冬季は雪深く湖が凍結するため、参詣は春から秋に集中する。
赤城神社 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
赤城神社の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
赤城神社 公式・公的由緒資料
機関資料赤城神社の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
赤城神社 - Wikipedia 日本語版
Wikipedia contributors
赤城神社の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q11635467 と日本語版 Wikipedia を参照。
赤城神社 地域資料・百科資料
二次資料赤城神社の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。
名称や説話、図像、儀礼に重なる具体モチーフです。