
古事記
大国主神の若名。古事記の因幡の白兎・八十神迫害・根の堅州国試練段で語られる若き日の神名。
30秒でわかる
大穴牟遅神は、國學院大學の神名データベースで読みと登場箇所を確認できる神名です。上・須賀の宮 上・稲羽の素兎 上・根の堅州国訪問を手がかりに、古事記内での位置づけを辿れます。梗概や諸説は出典側の記述を参照しながら整理します。
大穴牟遅神(おおあなむぢのかみ/おおあなむじのかみ)は、『古事記』に記される国津神 大国主神の若名(青年期の神名)。『古事記』本文において、根の堅州国での試練を経て大国主神の名を授かる以前は一貫して「大穴牟遅神」と呼ばれ、出雲系神話の前半部の主人公として位置づけられる。
『古事記』上巻、八十神(やそがみ)に従って因幡の八上比売のもとへ向かう若き神として登場する。途上、皮を剥がれた白兎を救って「因幡の白兎」段の中心となり、八上比売に選ばれる。その後、八十神の迫害で二度殺されながら母神の祈りで蘇生し、根の堅州国の須佐之男命のもとで試練を受け、須勢理毘売命を伴って葦原中国へ帰還した段で「大国主神」の名を授かる。
父は天之冬衣神、母は刺国若比売。須佐之男命の六世の孫にあたる。八十神は異母兄弟。配偶神に八上比売、根の堅州国で結ばれた須勢理毘売命があり、後に沼河比売・神屋楯比売命・多紀理毘売命らとも結ばれ、事代主神・建御名方神ら多くの御子神を生む。
出雲大社(島根県出雲市大社町)を主たる鎮座社とし、大国主神と一体の神格として祀られる。気多大社(石川県羽咋市)、大神神社(奈良県桜井市)の三輪山祭祀においても、大穴牟遅神時代の若き姿として併せ語られる。
大穴牟遅神 おほあなむぢのかみ/おおあなむじのかみ
一次文献國學院大學 古典文化学事業「神名データベース」大穴牟遅神。
https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/oanamujinokami/大国主 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
大穴牟遅神(大国主の若名)について、古事記の因幡の白兎・八十神迫害・根の堅州国試練など若名期の物語と、後の大国主神への展開を整理する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9B%BD%E4%B8%BB