
神社
文子天満宮は京都府にある神社。所在地と由緒を手がかりに、学業・厄除けの信仰文脈から地図でたどれる。
文子天満宮(あやこてんまんぐう)は、京都府京都市下京区天神町(または烏丸通六条)に鎮座する神社。天慶五年(942 年)の創建と伝える、菅原道真公(八四五〜九〇三)の乳母・多治比文子(たじひのあやこ)が道真公の神霊を最初に祀ったとされる「天神信仰発祥の地」。社格は旧無格社。
所在は京都府京都市下京区天神町 400。京都市街中央、烏丸通六条の東、本願寺の北方に鎮座する。社地は中世以来の市街地に埋もれた小社地で、近世京都の町方信仰の遺構として継承される。境内は狭いが、御神木と本殿・拝殿が小ぶりに整えられている。
主祭神は菅原道真公。配祀に多治比文子。多治比文子は道真公の乳母で、道真公が大宰府で延喜三年(903 年)に没した後、天慶五年(942 年)に道真公の託宣を受け、自宅に祠を建てて神霊を祀ったと伝える。北野天満宮(京都府、天暦元年・947 年創建)はこの文子の祠を本源として、近衛少将菅原在躬の進言で勅願により創建された経緯がある。当社は北野天満宮の本源であり、太宰府天満宮(福岡県)と並ぶ天神信仰の発祥地。
社伝では天慶五年(942 年)多治比文子による創建と伝える。天暦元年(947 年)の北野天満宮創建後は北野の摂社的位置に置かれた。中世以降、北野天満宮の発祥地として町方の崇敬を受け続け、近世以降も京都の小社として継承された。本殿・拝殿は近世から近代の再建で、北野天満宮の本源としての文化的重要性は地域に伝承される。
2 月 25 日の梅花祭、毎月 25 日の天神市、9 月の例大祭が継承される。天神市は北野天満宮と連動する月例祭。
文子天満宮 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
文子天満宮の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
文子天満宮 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
文子天満宮の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q17191862 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%AD%90%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE