寺院
五智国分寺は新潟県五智にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
五智国分寺(ごちこくぶんじ)は、新潟県上越市五智に所在する真言宗智山派の寺院。山号は安国山。天平十三年(741 年)の聖武天皇詔による越後国分寺の系譜を継ぐと伝える越後の古刹で、永禄五年(1562 年)に上杉謙信(一五三〇〜一五七八)が再興した近世の伽藍を伝える。
所在は新潟県上越市五智 3-20-21。直江津港の南、上越市旧直江津地区の南西、海岸沿いの五智地区に位置する。社地は古代越後国府(上越市直江津・五智地区一帯)の中心域にあたり、国分寺と国府が一体化した古代地方政治・宗教中心の遺構が周辺に分布する。
本尊は大日如来(だいにちにょらい)を中心とする五智如来(大日如来・宝生如来・阿閦如来・阿弥陀如来・釈迦如来)。寺名の「五智」はこの五智如来による。聖武天皇詔(天平十三年・741 年)による国分寺は『日本書紀』『続日本紀』に詳述される国分二寺制度の越後における顕現で、当寺は越後国府の宗教中心として古代から位置づけられた。境内に隣接する居多神社(こたじんじゃ、越後国一宮)の祭神・大己貴命(『古事記』上巻に記される国津神)と古代以来の祭祀関係を持つ。
古代越後国分寺の系譜と伝えるが、中世に荒廃。永禄五年(1562 年)に上杉謙信が居館の春日山城下に近い現社地に再興し、近世の越後真言宗の中核となった。江戸期は高田藩の庇護を受け、明治期以後も継承される。五智如来像(中世期)と三重塔(江戸後期、新潟県指定有形文化財)が境内に残る、近世越後の文化財拠点。
5 月 15 日の例大祭、毎月 8 日の薬師縁日、毎月 21 日の弘法大師月例祭が継承される。例大祭は五智地区の地域行事として継承される。
五智国分寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
五智国分寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
五智国分寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
五智国分寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q11372444 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E6%99%BA%E5%9B%BD%E5%88%86%E5%AF%BA