
寺院
乙寶寺は新潟県胎内市にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
乙寶寺(おっぽうじ)は、新潟県胎内市乙に所在する寺院。越後国における真言密教の古刹で、行基・婆羅門僧正(インド人僧)伝承で知られる北陸の名刹。山号は如意山、宗派は真言宗智山派。
所在は新潟県胎内市乙 1112。新潟県北部、胎内川(たいながわ)下流の沖積地に鎮座する。社地は越後平野北部の山間集落に位置し、近隣には旧黒川村の景観、奥胎内、加治川(かじかわ)流域があり、越後北部の山間祭祀景観を構成する。三重塔(重要文化財、寛永十年・1633 年再建)が境内中心に立つ。
本尊は大日如来(だいにちにょらい)。脇侍に文殊菩薩・普賢菩薩を祀る。塔中諸堂に弁才天、毘沙門天、地蔵菩薩などを祀る。寺伝では天平勝宝二年(750 年)に行基(668-749)と婆羅門僧正菩提僊那(ぼだいせんな、704-760、東大寺大仏開眼導師)が当地で釈尊の左眼を納めた宝塔を建立したと伝え、寺号「乙寶」はこの伝承に由来する。
寺伝では天平勝宝二年(750 年)、聖武天皇の勅命により行基と婆羅門僧正が越後に下向して当寺を開創したと伝える。確実な文献初出は中世以降。中世以降は越後国の真言密教拠点として、奥州藤原氏・上杉氏の崇敬を集めた。三重塔は近世初頭の建立で国指定重要文化財。江戸期は新発田藩溝口氏の保護を受け、近世越後北部の代表的寺院として整備された。松尾芭蕉が『奥の細道』の途次に当寺を訪れたと伝え、境内に芭蕉塚がある。
5 月の大祭が中心。北陸の古刹として年中行事が継承され、三重塔の景観と共に地域文化財として地域行事として継続される。
乙寶寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
乙寶寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
真言宗智山派 如意山 乙宝寺 公式サイト
機関資料真言宗智山派 乙寶寺(新潟県胎内市)の本尊・沿革・所在地・参拝情報に関する公式案内。
http://oppouji.info/乙寶寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
乙寶寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q11369928 と日本語版 Wikipedia を参照。