
神社
上野国一宮。経津主神・姫大神を祀る。本殿は江戸期再建の重要文化財。
一之宮貫前神社(いちのみやぬきさきじんじゃ)は、群馬県富岡市一ノ宮に鎮座する上野国一宮。経津主神と姫大神を祀り、参道を下って社殿に至る独特の「下り宮」の構造で知られる。本殿・拝殿・楼門は江戸期再建の国重要文化財。社格は旧国幣中社。
所在は群馬県富岡市一ノ宮 1535。関東山地北縁、鏑川の右岸に張り出した蓬ヶ丘(よもぎがおか)の上に総門があり、そこから石段を 70 段ほど下りた谷あいに本殿・拝殿が鎮座する。社殿が境内地より低い位置に営まれる「下り宮」は全国でも稀な形式で、群馬県の鵜の森神社、宮崎県の鵜戸神宮と並び称される。社地は古代祭祀遺跡を伴う。
主祭神は経津主神(ふつぬしのかみ)と姫大神(ひめおおかみ)。経津主神は『日本書紀』神代下 葦原中国平定段で武甕槌神と共に大国主神に国譲りを迫った神で、下総の香取神宮(千葉県香取市)の祭神。姫大神は地主神格と推定されるが記紀には登場せず、当地に古くから祀られた女神と伝えられる。香取神宮系の経津主信仰が上野国に展開した拠点として位置づけられ、関連神社の鹿島神宮(武甕槌神を祀る)と共に東国経略神話の祭祀ラインを構成する。
社伝では安閑天皇元年(531 年)の鎮座と伝える。延喜式神名帳に「上野国甘楽郡 抜鋒神社 名神大」と登載され、平安期に名神大社の最高格を得た。中世は新田氏・武田氏・徳川氏の崇敬を受け、近世は徳川幕府の累代の崇敬社。現在の本殿・拝殿・楼門は寛永 12 年(1635 年)の徳川家光造営、寛文 3 年(1663 年)の家綱大修理で、国重要文化財。式年遷宮を 12 年ごとに執行する。
3 月 14 日の例祭(御戸開祭)、12 月 12 日の鹿占神事が中心。鹿占神事は鹿の肩甲骨を焼いて吉凶を占う古式祭で、神祇官の太占(ふとまに)の系譜を継承する全国でも稀な祭祀。
延喜式 第十巻 神名帳
一次文献藤原時平・忠平ほか(撰)
『延喜式』神名帳(927年成立)所載「上野国甘楽郡 貫前神社」名神大社。
一之宮貫前神社 公式サイト
機関資料一之宮貫前神社
一之宮貫前神社公式サイト「御祭神」「御由緒」。
https://nukisaki.or.jp/Wikipedia 日本語版「貫前神社」
二次資料Wikipedia 日本語版
Wikipedia 日本語版「貫前神社」。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%AB%E5%89%8D%E7%A5%9E%E7%A4%BE